三瀬川渡るみさをもなかりけり
何に衣を脱ぎて掛くらん
- 歌の意味
-
三途の川には、渡るための水棹もないのだった。それなのに、何のために衣を脱いで木に掛けるのだろうか。
- 鑑賞
-
巻第九 雑歌下 543
詞書「地獄の形描きたるを見て」
三途の川には渡るための水棹もないのに、何のために衣を脱いで掛けるのだろうかと詠む歌である。詞書から、地獄の様子を描いた絵を見て詠んだ歌とわかる。三途の川のほとりで亡者が衣を剥がれ、木に掛けられるという地獄絵の場面を取り上げ、「水棹」と「操」を掛けて、死後の世界の恐ろしさとむなしさを、問いの形で詠んでいる。
作者の「菅原道雅女」は菅原道雅の娘である。伝は詳らかでない。
初句「三瀬川」は、三途の川、の意で、死者が冥土へ行く途中に渡るとされる川である。
二句「渡るみさをも」は、「みさを」が舟を進める「水棹」と、節操の意の「操」を掛ける掛詞である。
三句「なかりけり」は、ないのだった、の意で、「けり」は気づきの詠嘆を表す。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「何に衣を」は、何のために衣を、の意で、「何に」は疑問を表し、結句の「らん」と呼応している。
結句「脱ぎて掛くらん」は、脱いで掛けるのだろうか、の意で、「らん」は原因を推量する助動詞である。
みつせがは:三瀬川。三途の川
みさを:舟を進める「水棹」と、節操の意の「操」を掛ける
- 作者
-
菅原道雅女
- 出典
-
拾遺和歌集
- 前の歌
-
なき人の形見と思ふにあやしきは ゑみても袖の濡るるなりけり
- 次の歌
-
かくしこそ春の始めはうれしけれ つらきは秋の終りなりけり