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かくしこそ春の始めはうれしけれ
つらきは秋の終りなりけり

歌の意味
このように春の始めはうれしいものだ。つらいのは、娘を失った秋の終わりであった。
鑑賞
巻第九 雑歌下 544

詞書「去年の秋娘に後れて侍りけるに、孫の後の春、兵衛佐になりて侍りける喜びを人々言ひ遣はし侍りければ」
 このように春の始めはうれしいが、つらいのは娘を失った秋の終わりであったと詠む歌である。詞書から、前年の秋に娘に先立たれた後、次の春に孫が兵衛佐に任じられ、人々から祝いの言葉が寄せられたときの歌とわかる。孫の任官を喜ぶ春と、娘を失った秋とを対にして、喜びの中にもなお消えない悲しみを詠んでいる。本巻の巻頭の第五百九首が春秋の優劣を詠んだのに対し、この歌は喜びと悲しみの季節として春と秋を対比している。
 作者の「皇太后宮権大夫国章」は藤原国章である。藤原元名の子で、皇太后宮権大夫などを務め、従三位に至った。

 初句「かくしこそ」は、このように、の意で、「し」は強めの副助詞、係助詞「こそ」は三句の已然形「うれしけれ」で結ぶ係り結びである。
 二句「春の始めは」は、春の始めは、の意で、孫の任官のあった春をいう。四句の「秋」と対をなしている。
 三句「うれしけれ」は、うれしいものだ、の意で、ここで句切れとなる三句切れの歌である。
 四句「つらきは秋の」は、つらいのは秋の、の意で、三句の「うれし」と四句の「つらし」、二句の「春」と四句の「秋」がそれぞれ対をなしている。本巻の巻頭の第五百九首の初句「春秋に」と、春と秋を並べる趣向を共有している。
 結句「終りなりけり」は、終わりであった、の意で、二句の「始め」と対をなし、「けり」は詠嘆を表す。

おくる:後る。先立たれる
ひやうゑのすけ:兵衛佐。兵衛府の次官
作者
藤原国章
出典
拾遺和歌集
前の歌
三瀬川渡るみさをもなかりけり 何に衣を脱ぎて掛くらん
次の歌
親の親と思はましかば訪ひてまし 我が子の子にはあらぬなるべし