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親の親と思はましかば訪ひてまし
我が子の子にはあらぬなるべし

歌の意味
親の親だと思っていたならば、訪ねてきたことだろう。私は我が子の子、つまり孫と思われてはいないのだろう。
鑑賞
巻第九 雑歌下 545

詞書「源重之が母の近江の国府に侍りけるに、孫の東より夜上りて急ぐ事侍りて、えこの度逢はで上りぬる事と言ひて侍りければ、伯母の女の詠み侍りける」
 親の親と思っていたなら訪ねてきたはずなのに、来ないのは孫ではないからだろうと、恨みを込めて詠む歌である。詞書から、源重之の母が近江の国府にいたとき、孫が東国から夜に都へ上る途中、急ぎの用があって今回は会わずに上ってしまうと言ってよこしたので、おばにあたる女が詠んだ歌とわかる。祖母の立場に立って、立ち寄らなかった孫を戯れにとがめている。
 作者の「源重之の叔母」は、歌人源重之のおばにあたる女性で、名は伝わらない。源重之は源兼信の子で、三十六歌仙に数えられる。

 初句「親の親と」は、親の親だと、の意で、祖母をいう。六音の字余りの句である。
 二句「思はましかば」は、もし思っていたならば、の意で、「ましか」は反実仮想の助動詞「まし」の未然形であり、三句の「まし」と呼応している。
 三句「訪ひてまし」は、訪ねてきたことだろう、の意で、「ましかば〜まし」の反実仮想の形である。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
 四句「我が子の子には」は、我が子の子、つまり孫には、の意で、初句の「親の親」と対をなしている。
 結句「あらぬなるべし」は、ないのだろう、の意で、「なる」は断定、「べし」は推量の助動詞である。

こふ:国府。国司の役所
とふ:訪ふ。訪ねる
作者
源重之の叔母
出典
拾遺和歌集
前の歌
かくしこそ春の始めはうれしけれ つらきは秋の終りなりけり
次の歌
山高み夕日隠れぬ浅茅原 後見むためにしめ結はましを