山高み夕日隠れぬ浅茅原
後見むためにしめ結はましを
- 歌の意味
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山が高いので夕日が隠れてしまった浅茅原よ。後で見るために、標を結っておけばよかったのに。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌下 546
詞書「題しらず」
山が高いので夕日が隠れ、見えなくなってしまった浅茅原に、後で見るために標を結っておけばよかったと詠む歌である。夕日に照らされていた浅茅原が、山の陰に入って見えなくなったことを惜しみ、自分のものと印をつけておけばよかったと悔やんでいる。標を結うことは、領有のしるしとして恋の相手を自分のものとする意にも通い、見えなくなったものへの心残りが表されている。
作者の「人まろ」は柿本人麻呂である。持統天皇、文武天皇の時代に仕えた宮廷歌人で、歌聖と称される。
万葉集の巻七に、ほぼ同じ形の歌が見える。
初句「山高み」は、山が高いので、の意で、「み」は原因や理由を表す接尾語である。
二句「夕日隠れぬ」は、夕日が隠れてしまった、の意で、「ぬ」は完了の助動詞である。次歌の第五百四十七首の四句「朝日夕日の」と、「夕日」の語を共有している。
三句「浅茅原」は、丈の低い茅が生える野原、の意で、名詞で言い切る三句切れである。
四句「後見むために」は、後で見るために、の意で、「む」は意志の助動詞である。
結句「しめ結はましを」は、標を結っておけばよかったのに、の意で、「まし」は反実仮想の助動詞、「を」は詠嘆を表す終助詞である。
あさぢはら:浅茅原。丈の低い茅が生える野原
しめ:標。領有を示すために張る縄や目印
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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親の親と思はましかば訪ひてまし 我が子の子にはあらぬなるべし
- 次の歌
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名のみして山は三笠もなかりけり 朝日夕日のさすを言ふかも