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名のみして山は三笠もなかりけり
朝日夕日のさすを言ふかも

歌の意味
三笠山は名ばかりで、山には笠もないのだった。朝日や夕日が差すのを、笠を差すと言っているのだろうか。
鑑賞
巻第九 雑歌下 547

詞書「題しらず」
 三笠山は名ばかりで笠などないのだから、朝日や夕日が差すのを、笠を差すと言っているのだろうかと詠む歌である。地名の三笠山の「笠」を取り上げ、名と実の食い違いを、日が「差す」と笠を「差す」の掛詞で解き明かしている。ここから第五百四十九首まで、名ばかりで実の伴わない地名を詠む歌が続き、名と実の違いを面白がる一連となっている。
 作者の紀貫之は、古今和歌集の撰者の中心人物で、仮名序を執筆し、土佐日記を著した。三十六歌仙に数えられる。

 初句「名のみして」は、名ばかりで、の意で、次歌の第五百四十八首の初句「名のみして」と同じ句を共有し、第五百四十九首の初句「名には言へど」とともに、名ばかりの地名を詠む一連の始まりとなっている。
 二句「山は三笠も」は、三笠山には笠も、の意で、地名の三笠山を詠んでいる。
 三句「なかりけり」は、ないのだった、の意で、「けり」は気づきの詠嘆を表す。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
 四句「朝日夕日の」は、朝日や夕日が、の意で、前歌の第五百四十六首の二句「夕日隠れぬ」と、「夕日」の語を共有している。
 結句「さすを言ふかも」は、「さす」が日が「差す」と笠を「差す」を掛ける掛詞である。「かも」は疑問と詠嘆を表す終助詞である。

さす:日が「差す」意と、笠を「差す」意を掛ける
みかさやま:三笠山。奈良の春日にある山
作者
紀貫之
出典
拾遺和歌集
前の歌
山高み夕日隠れぬ浅茅原 後見むためにしめ結はましを
次の歌
名のみして成れるも見えず梅津河 井堰の水も漏ればなりけり