秋の野の草は糸とも見えなくに
置く白露を玉と貫くらん
- 歌の意味
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秋の野の草は糸とも見えないのに、どうして置く白露を、玉として糸に通しているのだろう。
- 鑑賞
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巻第六 秋歌中 307
詞書は前の歌に続き「延喜御時、歌召しければ」
秋の野の草は糸のようにも見えないのに、どうして置く白露を玉として貫いているのだろうと詠んだ歌である。草の葉に連なって光る露を、糸に通した玉に見立てた機知の歌である。
本巻の第三百六首から第三百九首までは、詞書「延喜御時、歌召しければ」のもとに白露の歌が四首並んでいる。巻第五巻末の第二百七十首も、草を糸に、露を白玉に見立てている。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。紀望行の子で、古今和歌集の撰者の中心となり、仮名序を書いた。土佐守などを務め、土佐日記の作者としても知られる。三十六歌仙の一人である。
初句「秋の野の」は、秋の野の、の意である。
二句「草は糸とも」は、草は糸とも、の意で、細い草の葉を糸になぞらえている。
三句「見えなくに」の「なくに」は、ないのに、の意である。
四句「置く白露を」は、置いている白露を、の意で、前歌の「置ける白露」を受けている。
結句「玉と貫くらん」の「らん」は原因を推量する助動詞で、どうして玉として貫いているのだろう、の意である。本巻の第三百五首の「玉に貫く」と同じ趣向で、次歌の第三百八首は「貫き留めぬ玉」と受けている。
ぬく:糸などを通してつらねる
- 作者
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紀貫之
- 出典
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後撰和歌集
- 前の歌
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さを鹿の立ちならす小野の秋萩に 置ける白露我も消ぬべし
- 次の歌
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白露に風の吹きしく秋の野は 貫き留めぬ玉ぞ散りける