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榊葉に木綿四手かけて誰が世にか
神の御前に斎ひそめけん

歌の意味
榊の葉に木綿四手をかけて、いったい誰の代に、神の御前でこのように祭り始めたのだろうか。
鑑賞
巻第十 神楽歌 576

 榊の葉に木綿四手をかけて神の御前で祭ることを、いったい誰の代に始めたのだろうかと、神事の起こりに思いをはせた歌である。目の前で行われている神楽の祭りが、はるか昔から受け継がれてきたことへの畏敬の念が込められている。
 本巻は神楽歌の巻で、巻頭から第五百八十六首までは、作者も詞書も記されない、宮中の御神楽で歌われた歌が並ぶ。御神楽で舞人が手に持つ採物の歌のうち、榊を歌うものに通じ、次歌の第五百七十七首とともに榊の歌が巻頭に置かれている。
 巻末の第六百二十首が、春日の八乙女の舞を神もうれしく思うだろうと今の祭りを詠むのに対し、巻頭のこの歌は神の祭りの始まりを問うており、祭りの起こりと今とで巻の始めと終わりが呼応している。

 初句「榊葉に」は、榊の葉に、の意である。榊は神前に供える常緑の木で、次歌の第五百七十七首の初句「榊葉の」と同じ語で始まっている。
 二句「木綿四手かけて」は、木綿で作った四手をかけて、の意で、神を祭るための飾りをいう。
 三句「誰が世にか」は、誰の代にか、の意で、係助詞「か」は結句の過去推量の助動詞「けん」の連体形で結ぶ係り結びである。
 四句「神の御前に」は、神の御前で、の意である。第五百八十一首の四句「神の御前に」と同じ句である。
 結句「斎ひそめけん」は、祭り始めたのだろうか、の意で、「斎ふ」は身を清めて神を祭る意、「そむ」は〜し始める意を添える。

ゆふしで:木綿四手。楮の繊維で作った木綿を垂らした神事の飾り
いはふ:斎ふ。身を清めて神を祭る
とりもの:採物。神楽で舞人が手に持つ榊や幣などの道具
出典
拾遺和歌集
前の歌
如何せむ我が身くだれるいな舟の しばしばかりの命絶えずは
次の歌
榊葉の香をかぐはしみ求め来れば 八十氏人ぞ円居せりける