眺めやる山辺はいとど霞みつつ
おぼつかなさのまさる春かな
- 歌の意味
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はるかに眺めやる山のあたりは、いっそう霞がかかって、あなたの様子がわからない心細さがますます募る春であることよ。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 817
詞書「冬より比叡の山に登りて、春まで音せぬ人のもとに」
眺めやる山のあたりはいっそう霞んで、あなたの様子がわからない心もとなさがますます募る春だと詠む歌である。詞書から、冬から比叡山に登ったまま春まで便りのない人に贈った歌とわかる。春霞が山を隠すさまに、音信のない人を案じる心を重ねている。
作者の「藤原きよたたかむすめ」は藤原清正の娘で、名は伝わらない。父の清正は藤原兼輔の子で、三十六歌仙に数えられる歌人である。
初句「眺めやる」は、はるかに眺めやる、の意である。
二句「山辺はいとど」は、山のあたりはいっそう、の意で、詞書の比叡山を言う。
三句「霞みつつ」は、霞がかかって、の意である。前歌の第八百十六首の二句「檜原の霞」と、春の霞を共有している。
四句「おぼつかなさの」は、様子がわからず心もとないことの、の意で、霞んではっきり見えない山と、便りのない人を案じる心を重ねている。
結句「まさる春かな」は、募る春であることよ、の意で、「かな」は詠嘆を表す。
ながめやる:眺め遣る。遠くを眺める
やまべ:山辺。山のあたり
- 作者
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藤原清正の娘
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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巻向の檜原の霞たちかへり かくこそは見め飽かぬ君かな
- 次の歌
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我が背子をきませの山と人は言へど 君も来まさぬ山の名ならし