山賤の垣ほわたりをいかにぞと
霜かれがれに訪ふ人もなし
- 歌の意味
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山里に住む者の垣根のあたりを、どうしているかと尋ねてくれる人もいない。草木が霜に枯れてゆくように、人の訪れも途絶えがちになって。
- 鑑賞
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巻第十七 雑秋歌 1143
詞書「権中納言義懐、入道して後、娘の斎院に養ひ給ひけるがもとより、東の院に侍りける姉のもとに、十月ばかりに遣はしける」
草木が霜に枯れてゆくこの頃、人の訪れも途絶えて、山里の住まいの垣根のあたりを、どうしているかと尋ねてくれる人もいないと詠む歌である。詞書から、権中納言藤原義懐が出家した後、斎院に養われていた娘から、東の院にいた姉のもとへ、十月頃に送った歌とわかる。父の出家により後ろ盾を失った身の寂しさを、霜枯れの季節の山里の景に託している。当時の斎院は、村上天皇の皇女選子内親王である。
作者は藤原義懐の娘で、名は伝わらない。義懐は摂政藤原伊尹の子で、花山天皇の叔父として政務を執ったが、寛和二年(986)、天皇の出家に従って出家した。
初句「山賤の」は、山里に住む身分の低い者の、の意で、自らの住まいをへりくだっていう。
二句「垣ほわたりを」は、垣根のあたりを、の意である。
三句「いかにぞと」は、どうしているかと、の意である。
四句「霜かれがれに」は、「かれがれ」が草木が霜に「枯れ枯れ」になる意と、人の訪れが途絶えがちになる「離れ離れ」の意を掛ける掛詞である。本巻の第千百五十四首の三句「霜枯れの」、第千百五十五首の初句「霜枯れに」と、霜枯れを詠む点で通じている。
結句「訪ふ人もなし」は、訪ねてくれる人もいない、の意である。
やまがつ:山賤。山里に住む身分の低い人
かきほ:垣穂。垣根
かれがれ:草木が霜に「枯れ枯れ」になる意と、人の訪れが途絶えがちになる「離れ離れ」の意を掛ける
- 作者
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藤原義懐の娘
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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昔より名高き宿の言の葉は このもとにこそ落ち積もるてへ
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深山木を朝な夕なにこりつめて 寒さを恋ふる小野の炭焼き