今日まではいきの松原生きたれど
我が身のうさに嘆きてぞ経る
- 歌の意味
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今日までは、生の松原の名のように生きながらえているけれど、我が身のつらさに嘆きながら日を送っている。
- 鑑賞
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巻第十八 雑賀 1208
詞書「左大将済時が相知りて侍りける女、筑紫にまかり下りたりけるに、実方朝臣宇佐使にて下り侍りけるにつけて、訪らひに遣はしたりければ」
今日までは生の松原の名のように生きながらえているが、我が身のつらさに嘆きながら日を送っていると詠む歌である。詞書から、左大将藤原済時と親しかった女が筑紫に下っていたところ、藤原実方が宇佐使として下るのに託して、済時が見舞いの便りを送ったので、それに答えた歌とわかる。筑紫の名所「生の松原」に「生き」を、宇佐使の「宇佐」に「憂さ」を掛け、遠い地で嘆きつつ暮らす身の上を伝えている。
作者の藤原後生女は、藤原後生の娘とされるが、伝は詳らかでない。
初句「今日までは」は、今日までは、の意で、本巻の巻頭の第千百五十九首の結句「今日にぞありける」が祝った「今日」に対し、ここでは嘆きの中で迎えた「今日」を詠んでいる。
二句「いきの松原」は、「いき」が筑前国の地名「生の松原」と「生き」を掛ける掛詞である。
三句「生きたれど」は、生きながらえているけれど、の意で、二句の「いき」を繰り返して受けている。次歌の第千二百九首の初句「生きたるか」と、「生きたる」の語を共有している。
四句「我が身のうさに」は、「うさ」が「憂さ」と、宇佐使の「宇佐」を掛ける掛詞である。
結句「嘆きてぞ経る」は、嘆きながら日を送っている、の意で、係助詞「ぞ」を受けて連体形の「経る」で結ぶ係り結びである。
いきのまつばら:筑前国の地名「生の松原」に、「生き」を掛ける
うさ:「憂さ」と、宇佐使の「宇佐」を掛ける
うさのつかひ:宇佐使。宇佐八幡宮に遣わされる勅使
とぶらふ:訪らふ。見舞う、安否を尋ねる
- 作者
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藤原後生女
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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人も見ぬ所に昔君と我が せぬわざわざをせしぞ恋しき
- 次の歌
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生きたるか死ぬるかいかに思ほえず 身より他なる玉櫛笥かな