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生きたるか死ぬるかいかに思ほえず
身より他なる玉櫛笥かな

歌の意味
あなたが生きているのか死んでしまったのか、どうなのかもわからない。身から離れて、ここに残されたこの玉櫛笥であることよ。
鑑賞
巻第十八 雑賀 1209

詞書「成房朝臣、法師にならんとて、飯室にまかりて、京の家に枕箱を取りに遣はしたりければ、書きつけて侍りける」
 あなたが生きているのか死んでしまったのかもわからない、身から離れてここにあるこの玉櫛笥であることよと詠む歌である。詞書から、藤原成房が出家しようとして比叡山の飯室にこもり、京の家に枕箱を取りに使いをよこしたので、その箱に書きつけた歌とわかる。世を捨てた夫は生きながら死んだも同然であり、その身から離れて残された箱に、別れの悲しみを託している。成房は藤原義懐の子で、若くして出家した。
 本巻の巻末の歌である。巻頭の第千百五十九首が元日に百年の春の始まりを祝う歌であったのに対し、巻末のこの歌は世を離れた人の生死もわからないと嘆く歌であり、賀の祝いで始まった巻が、別れの嘆きで閉じられている。本巻の第千百九十三首の「ありやなしや」とも、相手の生死を気づかう点で呼応している。
 作者の則忠朝臣女は、則忠朝臣の娘で、詞書の成房の妻とみられるが、伝は詳らかでない。

 初句「生きたるか」は、生きているのか、の意で、二句の「死ぬるか」と対をなしている。前歌の第千二百八首の三句「生きたれど」と、「生きたる」の語を共有している。
 二句「死ぬるかいかに」は、死んでしまったのか、どうなのか、の意である。本巻の第千百九十三首の四句「ありやなしやの」と、相手の生死を問う点で呼応している。
 三句「思ほえず」は、わからない、の意で、ここで句切れとなる三句切れの歌である。
 四句「身より他なる」は、身から離れてほかにある、の意で、夫の身を離れて残された箱をいう。
 結句「玉櫛笥かな」は、玉櫛笥であることよ、の意で、「玉櫛笥」は詞書の枕箱を美しく言った語であり、「かな」は詠嘆を表す。巻頭の第千百五十九首の祝いの言葉に対し、別れの嘆きで巻を閉じている。

いひむろ:飯室。比叡山横川の別所
まくらばこ:枕箱。箱形の枕。中に物を入れることができた
たまくしげ:玉櫛笥。櫛などを入れる美しい箱
作者
則忠朝臣女
出典
拾遺和歌集
前の歌
今日まではいきの松原生きたれど 我が身のうさに嘆きてぞ経る
次の歌
少女子が袖ふる山の瑞垣の 久しき世より思ひ初めてき