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憂き世をば背かば今日も背きなん
明日もありとは頼むべき身か

歌の意味
つらいこの世を捨てるのならば、今日にでも捨ててしまおう。明日も生きていると、あてにできる身であろうか。
鑑賞
巻第二十 哀傷 1330

詞書「法師にならむとて出でける時に、家に書きつけて侍りける」
 つらい世を捨てるならば今日にでも捨てよう、明日も生きているとあてにできる身だろうかと詠む歌である。詞書から、出家しようとして家を出た時に、家に書きつけておいた歌とわかる。いつ死ぬかわからない無常の身であるから、出家を先延ばしにはできないと、決然と世を捨てる覚悟を詠んでいる。保胤は寛和2年(986)に出家し、寂心と名のった。前歌の第千三百二十九首の、今日も暮れたと嘆く無常の思いを受けて、出家を詠む歌へと移っている。
 作者の慶滋保胤は、陰陽家賀茂忠行の子で、文人として知られ、池亭記や日本往生極楽記を著した。

 初句「憂き世をば」は、つらいこの世を、の意で、「ば」は強めを表す。
 二句「背かば今日も」は、捨てるならば今日にでも、の意で、「背く」は世を捨てて出家することをいう。
 三句「背きなん」は、捨ててしまおう、の意で、「な」は完了、「ん」は意志の助動詞である。二句の「背か」を重ねている。ここで句切れとなる三句切れの歌である。
 四句「明日もありとは」は、明日も生きていると、の意で、二句の「今日」と対をなしている。本巻の第千三百十七首の初句「明日知らぬ」と、明日の命を頼めない趣を共有している。
 結句「頼むべき身か」は、あてにできる身であろうか、の意で、「か」は反語を表す。

そむく:背く。世を捨てて出家する
たのむ:頼む。あてにする
作者
慶滋保胤
出典
拾遺和歌集
前の歌
山寺の入相の鐘の声ごとに 今日も暮れぬと聞くぞ悲しき
次の歌
世の中に牛の車のなかりせば 思ひの家をいかで出でまし