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朝ごとに払ふ塵だにあるものを
今幾世とてたゆむなるらん

歌の意味
毎朝払う塵でさえ、またすぐに積もるものなのに、この先幾世生きられると思って、修行を怠けているのだろうか。
鑑賞
巻第二十 哀傷 1341

詞書「行ひし侍りける人の、苦しく覚え侍りければ、え起き侍らざりける夜の夢に、をかしげなる法師の突き驚かして詠み侍りける」
 毎朝払う塵でさえ積もるものなのに、あと幾世あると思って怠けているのだろうかと詠む歌である。詞書から、仏道の修行をしていた人が、つらく感じて起きられずにいた夜の夢に、美しい法師が現れて揺り起こして詠んだ歌とわかる。毎朝払っても積もる塵に、絶えず積もる煩悩を重ね、命は限りあるのだから修行を怠ってはならないと戒めている。
 作者表記の「夢想歌」は、夢の中で示された歌であることを表すもので、特定の作者を指すものではない。

 初句「朝ごとに」は、毎朝、の意である。
 二句「払ふ塵だに」は、払う塵でさえ、の意で、「だに」は軽いものを挙げて重いものを類推させる副助詞である。塵に煩悩を重ねている。
 三句「あるものを」は、またたまるものなのに、の意で、「ものを」は逆接を表す。
 四句「今幾世とて」は、この先幾世生きると思って、の意で、命に限りのあることをいう。
 結句「たゆむなるらん」は、怠けているのだろうか、の意で、「なる」は断定、「らん」は現在推量の助動詞である。

おこなふ:行ふ。仏道の修行をする
たゆむ:弛む。怠ける
つきおどろかす:突き驚かす。揺り起こす
出典
拾遺和歌集
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今日よりは露の命も惜しからず 蓮の上の玉と契れば
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