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吉野山花の盛りになりぬれば
立たぬ時なき峰の白雲

歌の意味
吉野山が花の盛りになったので、峰には白雲の立たない時がない。
鑑賞
巻第一 春歌上 70

詞書は前の歌に続き「花歌とてよめる」
 前歌と同じく「花」を題として詠んだ歌である。桜の名所吉野山が花の盛りになると、峰には白雲がいつも立ちこめているように見える、と詠む。吉野の山を覆う満開の桜を、絶えず峰に立つ白雲に見立てている。
 作者の「藤原為業(法名寂念)」は藤原為忠の子の寂念である。俗名を藤原為業といい、出家して寂念と号した。兄弟の寂超、寂然とともに大原の三寂と呼ばれた。

 初句「吉野山」は、大和国の桜の名所である。
 二句「花の盛りに」は、前歌の第六十九首と同じ句である。
 三句「なりぬれば」の「ぬれ」は完了の助動詞「ぬ」の已然形で、「ば」が付いて、なったので、の意となる。
 四句「立たぬ時なき」は、立たない時がない、という二重否定で、いつも立っていることを強く表す。
 結句「峰の白雲」は体言止めで、桜を白雲に見立てる。前歌の第六十九首「かかる白雲」を受け、本巻の第七十四首も同じ「峰の白雲」で結ばれる。

みね:山の頂
作者
寂念
出典
千載和歌集
前の歌
おしなべて花の盛りになりにけり 山の端ごとにかかる白雲
次の歌
春を経て匂ひを添ふる山桜 花は老いこそ盛りなりけれ