吹く風をなこその関と思へども
道もせに散る山桜かな
- 歌の意味
-
吹く風よ来るなという名の勿来の関だと思っていたのに、道もふさがるほどに散る山桜であることよ。
- 鑑賞
-
巻第二 春歌下 103
詞書「陸奥にまかりける時、勿来の関にて花の散りければよめる」
陸奥へ下った折、勿来の関で花が散ったので詠んだ歌である。ここは「な来そ(来るな)」という名をもつ関なのだから、花を散らす風も来ないはずだと思っていたのに、道もふさがるほどに山桜が散っていることよ、と詠む。関の名に込められた「来るな」という意味を生かして、風さえ止められない落花の激しさを、武人らしいおおらかな調子で詠んでいる。
作者の「源義家朝臣」は源頼義の子である。八幡太郎と称された武将で、前九年の役、後三年の役で活躍し、陸奥守を務めた。
勿来の関は陸奥国の入口に置かれた古い関で、関の名を「な来そ」に掛けて詠む歌枕として知られる。本歌はその代表的な一首として名高い。
初句「吹く風を」は、花を散らす風を、の意である。
二句「なこその関と」の「なこそ」は、陸奥国の関の名「勿来」と、来るなという意の「な来そ」との掛詞である。風よ来るなという名の関だと思って、の意となる。
三句「思へども」の「ども」は逆接の接続助詞で、そう思うけれども、の意である。
四句「道もせに散る」の「せに」は、狭いほどに、の意で、道もふさがるほどに一面に散るさまをいう。
結句「山桜かな」の「かな」は詠嘆の終助詞である。関の名さえ風を止められなかった驚きを込める。前の第百一首、第百二首が人の訪れない里の落花を詠んだのに対し、本歌は旅の途上の関で出会った落花を詠む。
なこそ:陸奥国の関の名「勿来」と、来るなの意の「な来そ」を掛ける
まかる:都から地方へ下る
みちもせに:道も狭いほどに、道いっぱいに
- 作者
-
源義家
- 出典
-
千載和歌集
- 前の歌
-
故郷は花こそいとどしのばるれ 散りぬるのちは訪ふ人もなし
- 次の歌
-
下冴ゆる氷室の山の遅桜 消え残りける雪かとぞ見る