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五月雨は海人の藻塩木朽ちにけり
浦辺に煙絶えてほど経ぬ

歌の意味
五月雨のために、海人が藻塩を焼く薪も朽ちてしまった。浦辺に立つ煙が絶えて、もう久しくなる。
鑑賞
巻第三 夏歌 185

詞書は前の歌に続き「崇徳院に百首歌奉りける時、よめる」
 前歌と同じく崇徳院に奉った百首歌の一首である。長く降り続く五月雨のために、海人が藻塩を焼くための薪も湿って朽ちてしまい、浦辺に立ちのぼっていた藻塩焼きの煙も絶えて久しい、と詠む。煙の絶えた浦辺という寂しい景によって、五月雨の長さを表している。崇徳院の百首歌の五首の一連はここで結ばれる。
 作者の「待賢門院安芸」は鳥羽天皇の中宮待賢門院藤原璋子に仕えた女房である。崇徳院の久安百首の作者の一人である。

 初句「五月雨は」の「は」は、五月雨の頃は、と示す。本巻の第百八十三首も同じ初句で、浦の藻塩焼きを詠む。
 二句「海人の藻塩木」の「海人」は漁をする人、「藻塩木」は藻塩を焼くための薪をいう。
 三句「朽ちにけり」の「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形、「けり」は詠嘆である。ここで句切れとなる。本巻の第百八十一首、第百八十四首も、五月雨に朽ちるものを詠む。
 四句「浦辺に煙」は、浦のほとりに立つ藻塩焼きの煙をいう。本巻の第百八十三首が湿りがちな煙を詠んだのに対し、本歌はその煙が絶えたと詠み、同じ景を一歩進めている。
 結句「絶えてほど経ぬ」の「ほど」は時間、「ぬ」は完了の助動詞で、絶えてから久しくなる、の意である。

あま:漁をする人、海人
もしほぎ:藻塩を焼くための薪
うらべ:浦のほとり
作者
安芸
出典
千載和歌集
前の歌
時しもあれ水の水菰を刈りあげて 干さで朽たしつ五月雨の空
次の歌
五月雨に室の八島を見わたせば 煙は浪の上よりぞ立つ