散り果てて後さへ風を厭ふかな
紅葉を葺ける深山辺の里
- 歌の意味
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紅葉が散り果ててしまった後でさえ、風をいとわしく思うことだ。散った紅葉で屋根を葺いたような、深山のほとりの里では。
- 鑑賞
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巻第六 冬歌 418
詞書「落葉の歌とてよめる」
落葉の歌として詠んだものである。紅葉が散り果ててしまった後でさえ、風をいとわしく思うことだ、散った紅葉で屋根を葺いたような深山の里では、と詠む。枝の紅葉が散るのを惜しんで風を嫌うのはふつうだが、ここでは屋根に散り積もった紅葉まで吹き飛ばされるのを惜しんで、散り果てた後もなお風を嫌うという趣向である。
作者の「藤原盛雅」は院政期の歌人であるが、詳しい伝は明らかでない。
本巻の第三百九十首が散る紅葉に埋もれた庭を詠むのに対し、本歌は散った紅葉に葺かれた里の屋根を詠み、散り敷く紅葉の行方を別の場所でとらえている。
初句「散り果てて」の「散り果つ」は、すっかり散ってしまう意である。
二句「後さへ風を」の「さへ」は、〜までも、の意で、散り果てた後までも、と示す。
三句「厭ふかな」の「厭ふ」は嫌う、避ける意で、「かな」は詠嘆の終助詞である。ここで句切れとなり、下の句と倒置になっている。
四句「紅葉を葺ける」の「葺く」は屋根を覆う意で、散った紅葉が屋根を覆うさまを、紅葉で屋根を葺いたと見立てる。
結句「深山辺の里」は体言止めである。本巻の第四百十一首と同じく「深山辺」を詠む。
ちりはつ:すっかり散ってしまう
いとふ:嫌う、避ける
ふく:屋根を覆う、葺く
みやまべ:奥深い山のあたり
- 作者
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藤原盛雅
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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暁の寝覚めに過ぐる時雨こそ 漏らでも人の袖濡らしけれ
- 次の歌
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都だに寂しさまさる木枯らしに 峰の松風思ひこそやれ