都にて送り迎ふと急ぎしを
知らでや年の今日は暮れなん
- 歌の意味
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都にいたころは、古い年を送り新しい年を迎えようと忙しくしたものだが、そうしたことも知らないままに、年の最後の今日は暮れてゆくのだろうか。
- 鑑賞
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巻第六 冬歌 475
詞書「頭下ろしてのち、大原にこもりゐて侍りけるに、閑中歳暮といへる心を上人どものよみ侍りけるに、よみける」
出家して大原にこもっていた頃、そこの上人たちが閑中歳暮、すなわち静かな暮らしの中の年の暮れという題で歌を詠んだ折に詠んだ歌である。都にいたころは、古い年を送り新しい年を迎えようと忙しくしたものだが、そうしたことも知らないままに、年の最後の今日は暮れてゆくのだろうか、と詠む。世俗の行事の慌ただしさから離れた山里の静かな年の暮れに、都での日々を振り返る感慨がこめられている。冬歌の巻末を飾る一首である。
作者の「民部卿親範」は平親範である。平範家の子で、民部卿に至ったのち出家し、大原に住んだ。
第四百六十九首から本巻の巻末の第四百七十五首までの七首は、年の暮れを詠む歌である。本歌はその結びの歌であり、本巻の巻末の歌である。巻頭の第三百八十七首は「昨日こそ秋は暮れしか」と秋の終わりの翌日から冬歌を始めた。巻末の本歌は「年の今日は暮れなん」と年の最後の日で冬歌を閉じ、巻の初めと終わりとが「昨日」と「今日」、秋の暮れと年の暮れとで呼応している。
なお本文の四句は「しらてや年の」とあり、読み仮名の行の「しりてやとしの」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。
初句「都にて」は、都にいたときには、の意で、出家して住む大原と対比される。
二句「送り迎ふと」は、古い年を送り新しい年を迎えようと、の意で、年の暮れから正月にかけての行事をいう。
三句「急ぎしを」の「急ぐ」は、準備に忙しくする意である。「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、都での日々を振り返る。
四句「知らでや年の」の「で」は打消しの接続助詞で、知らないままに、の意である。「や」は疑問の係助詞で、結句の「なん」と連体形で結ぶ。
結句「今日は暮れなん」の「なん」は、完了の助動詞「ぬ」の未然形に推量の助動詞「む」が付いたもので、暮れてしまうのだろう、の意である。本巻の巻頭の第三百八十七首の「昨日こそ」と呼応し、「今日」の語で冬歌を閉じる。
かしらおろす:髪をそって出家する
おほはら:京の北東にある地で、隠棲の地として知られる
しやうにん:修行を積んだ僧
いそぐ:準備に忙しくする
- 作者
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平親範
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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一年ははかなき夢の心地して 暮れぬる今日ぞおどろかれける
- 次の歌
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昔見し心ばかりをしるべにて 思ひぞ送るいきの松原