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長らへてあるべき身とし思はねば
忘るなとだにえこそ契らね

歌の意味
生き長らえていられる身とも思わないので、私を忘れるなとさえ約束することはできない。
鑑賞
巻第七 離別歌 488

詞書「人の法会行ひける導師に、越前国にまかりて上りなむとする時、かの国の願主別れ惜しみけるに、よみ侍りける」
 ある人の法会の導師として越前国に下り、都へ上ろうとした時、その国の願主、すなわち法会の施主が別れを惜しんだので詠んだ歌である。生き長らえていられる身とも思わないので、私を忘れるなとさえ約束することはできない、と詠む。老いの身の無常を自覚する僧として、再会を約束することも、忘れるなと言い残すこともできないという、別れの切なさを表している。
 作者の「天台座主源心」は陸奥国出身の天台宗の僧である。比叡山で学び、永承三年(1048)に天台座主となった。

 初句「長らへて」は、生き長らえて、の意である。
 二句「あるべき身とし」の「べき」は可能の助動詞「べし」の連体形、「し」は強意の副助詞で、生きていられる身だとは、の意である。
 三句「思はねば」の「ね」は打消しの助動詞「ず」の已然形で、「ば」が付いて確定条件となり、思わないので、の意である。
 四句「忘るなとだに」の「だに」は最小限を示す副助詞で、忘れるなとさえ、の意である。本巻の第四百八十一首、第四百九十六首は「忘るなよ」と相手に願うが、本歌はその言葉さえ言えないと詠み、対照をなす。
 結句「えこそ契らね」の「え」は打消しと呼応して不可能を表し、「こそ」は係助詞で、打消しの助動詞「ず」の已然形「ね」と結ぶ。約束することはできない、の意である。

だうし:法会で中心となって儀式を進める僧
ぐわんじゆ:法会や造仏などを発願した施主
ちぎる:約束する
作者
源心
出典
千載和歌集
前の歌
もろともに行く人もなき別れ路に 涙ばかりぞ止まらざりける
次の歌
あはれとし思はむ人は別れじを 心は身よりほかのものかは