- 歌の意味
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こらえようとしても、この別れの道を思うと、唐紅の血の涙が降るように流れることだ。
- 鑑賞
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巻第七 離別歌 491
詞書「成尋法師入唐し侍りける時、よみ侍りける」
作者の子である天台宗の僧成尋が中国へ渡った時に詠んだ歌である。成尋は延久四年(1072)に宋へ渡り、その地で没した。当時の中国は宋であるが、詞書では慣用により入唐と記している。こらえようとしても、この別れの道を思うと、唐紅の血の涙が降るように流れる、と詠む。年老いた母が、海を越えて遠い唐土へ渡る我が子と、二度と会えないかもしれない別れを嘆く、切実な悲しみの歌である。
作者の「成尋法師母」は天台宗の僧成尋の母である。名は伝わらない。我が子の渡宋に際しての嘆きを記した家集「成尋阿闍梨母集」で知られる。
初句「忍べども」の「忍ぶ」は、こらえる、我慢する意で、「ども」は逆接の接続助詞である。
二句「この別れ路を」の「別れ路」は、別れて行く旅路の意で、ここでは海を越えて唐土へ渡る道をいう。
三句「思ふには」は、思うと、の意である。
四句「から紅の」は、濃く鮮やかな紅色で、「から」に、我が子の渡る唐土の意を掛ける。紅の涙は、悲しみの極みに流す血の涙をいう。
結句「涙こそ降れ」の「こそ」は強意の係助詞で、「降れ」と已然形で結ぶ。涙が雨のように降る、と嘆きの激しさを強める。
にったう:唐土、すなわち中国に渡ること
しのぶ:こらえる、我慢する
からくれなゐ:濃く鮮やかな紅色で、「から」に唐土を掛ける
- 作者
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成尋法師母
- 出典
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千載和歌集
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別れても同じ都にありしかば いとこのたびの心地やはせし
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心をも君をも宿にとどめ置きて 涙とともに出づる旅かな