教へ置く形見を深く偲ばなん
身はあを海の波に流れぬ
- 歌の意味
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教え残しておくこの秘曲を形見として深く偲んでほしい。わが身は青い海の波に流されてゆくのだ。
- 鑑賞
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巻第七 離別歌 494
詞書「源惟盛、年ごろ侍るものにて、箏の琴など教へ侍りけるを、土佐国にまかりける時、河尻まで送りに詣で来たりけるに、青海波の秘曲の琴柱立つることなど教へ侍りて、その由の譜書きて賜ふとて、奥に書きつけて侍りける」
長年仕えていた源惟盛に箏の琴などを教えていたが、作者が土佐国へ下る時、惟盛が河尻まで見送りに来たので、雅楽の曲青海波の秘曲の琴柱の立て方などを教え、その譜を書いて与える際に、譜の奥に書きつけた歌である。作者は保元元年(1156)、保元の乱で父の罪に連座して土佐に流された。教え残すこの秘曲を形見として深く偲んでほしい、わが身は青い海の波に流されてゆくのだ、と詠む。流罪の身となる悲しみの中で、楽の道を弟子に託す思いがこめられている。
作者の「入道前太政大臣」は藤原師長である。左大臣藤原頼長の子で、長寛二年(1164)に許されて帰京し、治承元年(1177)に太政大臣となったが、治承三年(1179)の政変で解官されて尾張に下り、出家した。琵琶と箏の名手で、妙音院と呼ばれた。
本歌は箏の秘曲を、次歌の第四百九十五首は王昭君の手馴れた琴の音を詠み、楽の音にまつわる別れの歌が二首並んでいる。
初句「教へ置く」は、教え残しておく、の意で、青海波の秘曲をいう。
二句「形見を深く」の「形見」は、別れた人をしのぶよすがとなる物で、教え残す秘曲を指す。「深く」は四句の「海」の縁で用いられている。
三句「偲ばなん」の「なん」は他に対する願望の終助詞で、偲んでほしい、の意である。ここで句切れとなる。
四句「身はあを海の」の「あを海」に、青い海の意と、曲名の青海波とを掛ける。
結句「波に流れぬ」の「ぬ」は完了の助動詞で、波に流されてゆくのだ、の意である。「流る」に流罪の意を重ね、「波」にも曲名の青海波を響かせている。
かはじり:淀川の河口の地で、西国へ向かう船の発着地
ことぢ:琴の胴の上に立てて弦を支え、音の高さを調える具
かたみ:別れた人をしのぶよすがとなる物
あをうみ:青い海の意と、曲名の青海波を掛ける
ながる:流される、流罪となる
- 作者
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藤原師長
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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待てと言ひて頼めし秋も過ぎぬれば 帰る山路の名ぞかひもなき
- 次の歌
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あらずのみなりゆく旅の別れ路に 手馴れし琴の音こそ変はらね