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播磨路や須磨の関屋の板廂
月漏れとてやまばらなるらん

歌の意味
播磨路の須磨の関屋の板廂は、月の光よ漏れよというので、まばらに葺いてあるのだろうか。
鑑賞
巻第八 羈旅歌 499

詞書「法性寺入道前太政大臣、内大臣に侍りける時、関路月といへる心をよみ侍りける」
 藤原忠通が内大臣であった時、関路の月という題で詠んだ歌である。播磨路の須磨の関屋の板廂は、月の光を漏らせというので、まばらに葺いてあるのだろうか、と詠む。荒れて隙間の多い関屋の板廂を、月の光を通すためにわざとまばらにしてあるのかと見立て、寂しい関屋の旅寝に風雅を見いだしている。
 作者の「中納言師俊」は源師俊である。左大臣源俊房の子で、権中納言に至った。
 法性寺入道前太政大臣は藤原忠通で、関白太政大臣に至り、出家して法性寺に住んだことからこう呼ばれる。本巻の第五百八首も、忠通が内大臣であった時の歌合の歌である。

 初句「播磨路や」は、播磨国へ向かう道よ、の意で、「や」は詠嘆の間投助詞である。須磨は摂津国にあり、播磨との境に近い。
 二句「須磨の関屋の」の「関屋」は関所の番小屋で、須磨の関は摂津と播磨の境に置かれた関の歌枕である。本巻の第五百一首、第五百三十五首も須磨の関を詠む。
 三句「板廂」は板で葺いた廂である。ここで句切れとなる。
 四句「月漏れとてや」の「漏れ」は「漏る」の命令形、「とて」は、と言って、の意で、月の光よ漏れよというので、の意となる。「や」は疑問の係助詞で、結句の「らん」と連体形で結ぶ。本巻の第五百四十首は不破の関屋に霰が漏ると詠み、月の漏る関屋と霰の漏る関屋とが対をなしている。
 結句「まばらなるらん」の「らん」は現在推量の助動詞で、隙間がまばらにあるのだろうか、と推し量る。荒れた関屋のさまを月のための趣向と見立てている。

せきや:関所の番小屋
いたびさし:板で葺いた廂
もる:隙間から光や水が漏れる
作者
源師俊
出典
千載和歌集
前の歌
有明の月も清水に宿りけり 今宵は越えじ逢坂の関
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あたら夜を伊勢の浜荻折り敷きて 妹恋しらに見つる月かな