古典和歌stream

別れ行く都の方の恋しきに
いざ結び見む忘井の水

歌の意味
別れて遠ざかってゆく都の方角が恋しいので、さあ手ですくって飲んでみよう。その名も忘れ井の水を。
鑑賞
巻第八 羈旅歌 507

詞書「天仁元年斎宮群行の時、忘れ井といふ所にてよめる」
 天仁元年(1108)、斎宮が伊勢へ下る群行の折、忘れ井という所で詠んだ歌である。別れて遠ざかってゆく都の方が恋しいので、さあ手にすくって飲んでみよう、その名も忘れ井の水を、と詠む。飲めば都を忘れられるかと、忘れ井の名に望みを託し、都への恋しさを表している。
 作者の「斎宮甲斐」は、天仁元年に伊勢へ下った斎宮に仕えた女房で、甲斐はその女房名である。
 斎宮は天皇の即位ごとに選ばれて伊勢神宮に奉仕した未婚の皇女で、都から伊勢へ下る行列を群行という。忘れ井は群行の道中にあった井で、その名から都を忘れる泉として歌に詠まれた。

 初句「別れ行く」は、別れて遠ざかってゆく、の意で、二句の「都」にかかる。
 二句「都の方の」は、都の方角の、の意である。
 三句「恋しきに」の「に」は順接の接続助詞で、恋しいので、の意である。
 四句「いざ結び見む」の「いざ」は誘いかけの語、「結ぶ」は水を手ですくう意、「む」は意志の助動詞で、さあすくって飲んでみよう、の意である。ここで句切れとなる。
 結句「忘井の水」は群行の道中にあった忘れ井の水で、体言止めとする。名に忘れる意を持つ泉に、都の恋しさを忘れたい思いを託す。

ぐんかう:斎宮が都から伊勢へ下る行列
むすぶ:水を両手ですくう
わすれゐ:斎宮群行の道中にあった井で、名に「忘る」を含む
作者
斎宮甲斐
出典
千載和歌集
前の歌
住の江にまつらむとのみ嘆きつつ 心つくしに年を経るかな
次の歌
さ夜深き雲居に雁も音すなり 我ひとりやは旅の空なる