定めなき憂き世の中と知りぬれば
いづこも旅の心地こそすれ
- 歌の意味
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定めのないつらい世の中だと知ってしまったので、どこにいても旅にいるような気持ちがすることだ。
- 鑑賞
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巻第八 羈旅歌 517
詞書「高野に詣で侍りける道にてよみ侍りける」
高野山に参詣する道中で詠んだ歌である。定めのないつらい世の中だと知ってしまったので、どこにいても旅にいるような気持ちがする、と詠む。この世そのものが仮の宿りであるという仏教の無常観から、旅の心をこの世全体に広げている。
作者の「高野法親王(覚法)」は覚法法親王である。白河天皇の第四皇子で、仁和寺の門跡となった。高野山にもしばしば籠り、高野御室と呼ばれた。
初句「定めなき」は、定めのない、無常の、の意である。
二句「憂き世の中と」の「憂き世」は、つらいこの世の意である。
三句「知りぬれば」の「ぬれ」は完了の助動詞「ぬ」の已然形で、「ば」が付いて確定条件となり、知ってしまったので、の意である。
四句「いづこも旅の」は、どこにいても旅の、の意で、この世全体を旅の宿りと見る。本巻の第五百三十三首も、この世を旅と見て「旅の世」と詠む。
結句「心地こそすれ」の「こそ」は強意の係助詞で、「すれ」と已然形で結ぶ。本巻の第五百九首と同じ結句で、第五百九首が月の旅寝を詠むのに対し、本歌は世そのものを旅と見る。
うきよ:つらいこの世
まうづ:社寺に参詣する
- 作者
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覚法法親王
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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わたの原遥かに波を隔て来て 都に出でし月を見るかな
- 次の歌
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おぼつかないかになるみの果てならむ 行方も知らぬ旅の悲しさ