思ひかね昨日の空を眺むれば
それかと見ゆる雲だにもなし
- 歌の意味
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悲しみをこらえかねて、昨日亡骸を送った空を眺めると、あの人の煙かと思われる雲さえもない。
- 鑑賞
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巻第九 哀傷歌 550
詞書「中将道信朝臣身まかりにけるを、送り納めての朝によめる」
左近衛中将藤原道信が亡くなり、その亡骸を送り納めた翌朝に詠んだ歌である。悲しみをこらえかねて、昨日の葬送の空を眺めると、あの人の煙かと思われる雲さえもない、と詠む。火葬の煙が雲となって空に残っていれば、せめてそれを亡き人と思ってしのぶこともできるのに、それさえないという、すがるものを失った喪失感を表している。
作者の「藤原頼孝」は平安時代中期の人で、道信の死を悼む歌を残しているが、経歴の詳細は多く伝わらない。
前歌の第五百四十九首は道信が死を前にして詠んだとされる歌で、本歌はその道信の葬送を詠み、二首が続けて置かれている。
初句「思ひかね」は、思いをこらえかねて、悲しみに堪えかねて、の意である。
二句「昨日の空を」は、昨日亡骸を送った空を、の意で、火葬の煙が立ちのぼった空をいう。
三句「眺むれば」の「眺む」は物思いにふけってぼんやり見る意で、已然形に「ば」が付いて、眺めると、の意である。
四句「それかと見ゆる」の「それ」は、亡き人の火葬の煙を指す。煙が雲になったと見る発想で、本巻の第六百首も、山の端の雲を亡き人の煙の形見と詠む。
結句「雲だにもなし」の「だに」は最小限を示す副助詞で、せめて雲さえもない、の意である。
おくりをさむ:葬送して遺骸を納める
ながむ:物思いにふけってぼんやり見る
- 作者
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藤原頼孝
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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くちなしの園にや我が身入りにけん 思ふことをも言はでやみぬる
- 次の歌
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現とも夢ともえこそ分きはてね いづれの時をいづれとかせん