悲しさに添へても物の悲しきは
別れのうちの別れなりけり
- 歌の意味
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悲しさに加えて、さらにいっそう物悲しいのは、死別の悲しみのうちに重なる、この別れであったことだ。
- 鑑賞
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巻第九 哀傷歌 561
詞書「後一条院四月に隠れさせ給ひける年の九月に、中宮又隠れ給ひにける、四十九日の末つ方、宮々上東門院に渡り給ひける日、人々別れを惜しみけるによみ侍りける」
後一条院が四月に崩御した年の九月に、中宮威子もまた亡くなった。その四十九日の終わり頃、残された皇女たちが祖母の上東門院のもとへ移った日、仕えていた人々が別れを惜しんだ折に詠んだ歌である。悲しさに加えて、さらに物悲しいのは、別れのうちのこの別れであった、と詠む。院と中宮との死別の悲しみに、皇女たちとの生きての別れが重なり、悲しみが幾重にも重なることを、「悲し」「別れ」の語を繰り返して表している。後一条院と中宮威子は、ともに長元九年(1036)に亡くなった。
作者の「小弁命帰」は中宮威子に仕えた女房とみられるが、経歴の詳細は伝わらない。
巻頭の第五百四十五首は「あはれ別れの」と死別を嘆き、本歌は死別の中の別れを詠む。次歌の第五百六十二首も、同じ年の暮れに亡き院と中宮との別れが遠ざかることを惜しむ歌である。
初句「悲しさに」は、院と中宮を相次いで失った悲しさに、の意である。
二句「添へても」は、さらに加えて、の意である。
三句「物の悲しきは」は、物悲しいのは、の意で、初句の「悲しさ」と同じ語を重ねる。
四句「別れのうちの」は、院と中宮との死別のうちの、の意である。
結句「別れなりけり」の「けり」は気づきの詠嘆で、皇女たちとの別れであったことだ、の意である。四句と結句で「別れ」を重ね、別れの重なりを示す。
しじふくにち:人の死後四十九日目に営む法要、またその期間
わたる:移る、移り住む
- 作者
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小弁命帰
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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おほかたにさやけからぬか月影は 涙曇らぬ人に見せばや
- 次の歌
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憂きもののさすがに惜しき今年かな 遠ざかりなん君が別れに