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もろともに春の花をば見しものを
人に後るる秋ぞ悲しき

歌の意味
春には皆と一緒に花を見たのに、人に後れて、ひとり花見に加われないこの秋が悲しいことだ。
鑑賞
巻第九 哀傷歌 569

詞書「蔵人に侍りける時、親の思ひになりにける秋、上の男ども、嵯峨野に花見に行くと聞きて遣はしける」
 蔵人であった時、親の喪に服することになった秋、殿上人たちが嵯峨野へ秋の花を見に行くと聞いて贈った歌である。春には一緒に花を見たのに、人に後れる秋が悲しい、と詠む。喪中のために仲間の花見に加われない寂しさに、親に先立たれて後に残された悲しみを重ね、「後るる」の一語で二つの思いを表している。
 作者の「平雅康」は平安時代後期の官人で、詞書から蔵人を務めたことがわかるが、経歴の詳細は多く伝わらない。
 本巻では第五百七十六首、第六百三首も「もろともに」で始まり、ともに過ごした日々と、ひとり残された今とを対比している。

 初句「もろともに」は、一緒に、の意である。本巻の第五百七十六首、第六百三首も同じ初句で始まる。
 二句「春の花をば」の「をば」は格助詞「を」に係助詞「は」が付いて濁ったもので、対象を強く示す。結句の「秋」と、春と秋の対比をなす。
 三句「見しものを」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形、「ものを」は逆接の接続助詞で、見たのに、の意である。
 四句「人に後るる」は、仲間に後れて花見に加われない意と、親に先立たれて後に残される意とを重ねている。
 結句「秋ぞ悲しき」の「ぞ」は強意の係助詞で、「悲しき」と連体形で結ぶ。秋の花見に加われない悲しさをいう。

おもひ:喪に服すること、服喪
うへのをのこ:清涼殿の殿上の間に昇ることを許された人、殿上人
さがの:山城国の嵯峨野で、秋の草花の名所
おくる:後に残る、先立たれる
作者
平雅康
出典
千載和歌集
前の歌
都へと思ふにつけて悲しきは 誰かは今は我を待つらん
次の歌
花と見し人はほどなく散りにけり 我が身も風を待つと知らなん