古典和歌stream

花と見し人はほどなく散りにけり
我が身も風を待つと知らなん

歌の意味
花のように見ていた人は、間もなく散ってしまった。私の身もまた、散らす風を待っているのだと知ってほしい。
鑑賞
巻第九 哀傷歌 570

詞書「右衛門督基忠隠れ侍りて後、彼の家に遣はしける」
 右衛門督藤原基忠が亡くなったのち、その家に贈った歌である。花のように見ていた人は間もなく散ってしまった、私の身も風を待っているのだと知ってほしい、と詠む。盛りの花のように思っていた人の早すぎる死を嘆き、自分もまた散らす風を待つ身、すなわち遠からず死を迎える身だと述べて、遺族の悲しみに寄り添っている。
 作者の「前中納言匡房」は大江成衡の子である。学者として名高く、権中納言、大宰権帥を務めた。小倉百人一首にも歌が採られている。

 初句「花と見し」は、花のように見ていた、の意で、盛りの年頃の人をいう。巻頭の第五百四十五首も、散った花に亡き人を重ねている。
 二句「人はほどなく」の「ほどなく」は、間もなく、の意で、早すぎる死をいう。
 三句「散りにけり」の「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形、「けり」は詠嘆で、散ってしまったことだ、の意である。花の縁で死を「散る」という。ここで句切れとなる。
 四句「我が身も風を」の「風」は花を散らすもので、死を招くものをたとえる。
 結句「待つと知らなん」の「なん」は他に対する願望の終助詞で、待っているのだと知ってほしい、の意である。

ほど:時間、間
かくる:身分の高い人が亡くなる
作者
大江匡房
出典
千載和歌集
前の歌
もろともに春の花をば見しものを 人に後るる秋ぞ悲しき
次の歌
乾く間もなき墨染の袂かな 朽ちなば何を形見にもせん