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常に見し君が御幸を今日問へば
帰らぬ旅と聞くぞ悲しき

歌の意味
いつも拝見していたわが君の御幸の行き先を、今日尋ねると、二度と帰らぬ旅だと聞くのが悲しい。
鑑賞
巻第九 哀傷歌 589

詞書「二条院隠れさせ給うて御わざの夜、よみ侍りける」
 二条院が崩御し、その葬送の夜に詠んだ歌である。いつも拝見していたわが君の御幸を今日尋ねると、帰らぬ旅だと聞くのが悲しい、と詠む。これまで何度も見送った御幸と同じように出かけてゆかれる今日の行列が、二度と帰らない死出の旅であるという、葬送の夜の深い悲しみを表している。二条院は永万元年(1165)に崩御した。
 作者の「法印澄憲」は少納言藤原通憲、すなわち信西の子である。天台宗の僧で、説法の名手として知られ、安居院流の唱導の祖とされる。
 本巻の第五百九十一首の藤原成範、第五百九十二首の藤原貞憲、第五百九十五首の藤原修範も信西の子で、信西の子らの哀傷歌がこのあたりに集められている。

 初句「常に見し」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、いつも拝見していた、の意である。
 二句「君が御幸を」の「御幸」は天皇や上皇の外出で、ここでは葬送の行列を御幸になぞらえる。
 三句「今日問へば」の「問へ」は已然形で、「ば」が付いて、今日尋ねると、の意である。次歌の第五百九十首も「又問ふ方の」と、問う相手のいない悲しみを詠む。
 四句「帰らぬ旅と」は、二度と帰らない死出の旅だと、の意である。
 結句「聞くぞ悲しき」の「ぞ」は強意の係助詞で、「悲しき」と連体形で結ぶ。次歌の第五百九十首の結句「なきぞ悲しき」と同じ結びである。

みゆき:天皇や上皇の外出
わざ:法事、葬送などの仏事
作者
澄憲
出典
千載和歌集
前の歌
故郷に今日来ざりせば郭公 誰か昔を恋ひて鳴かまし
次の歌
教へ置くその言の葉を見るたびに 又問ふ方のなきぞ悲しき