限りありて二重は着ねば藤衣
涙ばかりを重ねつるかな
- 歌の意味
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服喪には定めがあって、喪服を二重には着られないので、藤衣の上には涙ばかりを重ねたことだ。
- 鑑賞
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巻第九 哀傷歌 592
詞書「母の服に侍りけるほどに、又紀伊の二位身まかりにける時、よみ侍りける」
自分の母の喪に服していたところに、さらに父の妻である紀伊二位藤原朝子が亡くなった時に詠んだ歌である。定めがあって二重には着られないので、藤衣の上に涙ばかりを重ねた、と詠む。服喪の定めによって喪服を重ねて着ることはできないが、悲しみは重なり、喪服の代わりに涙を重ねたという、重なる死別の嘆きを衣の縁によって表している。
作者の「藤原貞憲朝臣」は少納言藤原通憲、すなわち信西の子である。平治の乱で配流され、のちに出家した。
前歌の第五百九十一首は、同じ紀伊二位の死を、その子成範が悼んだ歌である。
初句「限りありて」は、服喪の定めがあって、の意で、六音の字余りである。本巻の第五百七十八首も同じ「限りありて」で始まり、忌みの期間の定めをいう。
二句「二重は着ねば」の「ね」は打消しの助動詞「ず」の已然形で、「ば」が付いて、二重には着ないので、の意である。
三句「藤衣」は喪服である。本巻の第五百四十八首、第五百八十三首にも詠まれる。
四句「涙ばかりを」の「ばかり」は限定の副助詞で、涙だけを、の意である。
結句「重ねつるかな」の「つる」は完了の助動詞「つ」の連体形、「かな」は詠嘆の終助詞である。「重ね」は二句の「二重」、三句の「衣」の縁語で、喪服の代わりに涙を重ねたことをいう。
ふぢごろも:藤などの繊維で織った粗末な衣で、喪服
ふたへ:二枚重ねること
ぶく:喪に服すること、また喪服
- 作者
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藤原貞憲
- 出典
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千載和歌集
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鳥辺山思ひやるこそ悲しけれ ひとりや苔の下に朽ちなん
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三年まで馴れしは夢の心地して 今日ぞ現の別れなりける