千歳経る尾上の小松移し植ゑて
万代までの友とこそ見め
- 歌の意味
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千年を経る峰の上の小松を庭に移し植えて、万代の後までの友として見よう。
- 鑑賞
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巻第十 賀歌 628
詞書「閑院の家にて、初めて対松争齢といへる心を詠み侍りける」
閑院の邸で初めて歌会を催した折に、「松に対して齢を争ふ」という題で詠んだ歌である。千年を経る峰の小松を移し植えて、万代までの友として見よう、と詠む。千年の寿命を持つ松を庭に移し植え、その松と齢を競うように万代の後までともに過ごそうと詠み、邸の主の長寿を祝っている。閑院は平安京の名高い邸宅で、里内裏としても用いられた。
作者の「入道前関白太政大臣」は藤原基房である。法性寺入道前太政大臣藤原忠通の子で、摂政、関白、太政大臣を歴任し、松殿と呼ばれた。治承三年(1179)の政変で配流され、出家した。
次歌の第六百二十九首は同じ会での歌で、本歌が松を友として見ると詠んだのに対し、次歌は松の方が君の陰を頼むと詠み、主と松の立場を入れ替えて応じている。
初句「千歳経る」は、千年を経る、の意で、松の長寿をいう。
二句「尾上の小松」の「尾上」は山の峰の上をいう。
三句「移し植ゑて」は字余りである。峰の小松を邸の庭に移し植えて、の意である。
四句「万代までの」は、万代の後までの、の意で、初句の「千歳」に対して、松よりもさらに長い年月を示す。次歌の初句「万代も」と応じる。
結句「友とこそ見め」の「こそ」は強意の係助詞で、意志の助動詞「む」の已然形「め」で結ぶ。友として見よう、の意である。題の「争齢」を、松と齢を競う友として詠みこなしている。
をのへ:山の峰の上
ふ:年月を過ごす、経る
- 作者
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藤原基房
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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幾千代と限らぬ鶴の声すなり 雲居の近き宿のしるしに
- 次の歌
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万代も住むべき宿に植ゑつれば 松こそ君が陰を頼まめ