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日を経つつ繁さはまさる思ひ草
逢ふことのはのなどなかるらん

歌の意味
日を経るにつれて、思い草のように思いの繁さはまさっていくのに、逢おうという言葉の葉は、どうしてないのだろう。
鑑賞
巻第十一 恋歌一 685

詞書「題しらず」
 日を経るごとに思い草の繁りはまさるのに、どうして逢うという言の葉はないのだろう、と詠む。「思ひ草」に恋の思いを託し、思いは草のように日ごとに繁っていくのに、その草に葉がないように、相手からは逢おうという言葉が一つもないと嘆いている。
 作者の「津守国光」は住吉社の神官を務めた津守氏の人である。経歴の詳細は多く伝わらない。
 前歌の第六百八十四首の「ふかみ草」に続き、草の名に寄せて恋を詠む。また本巻の第六百五十七首、第六百六十首も「言の葉」を詠んでいる。

 初句「日を経つつ」の「つつ」は継続を表し、日を重ねるにつれて、の意である。
 二句「繁さはまさる」の「繁さ」は草の繁る度合いで、思いの多さを重ねる。
 三句「思ひ草」は、野に生える草の名で、恋の思いを託す。ここで句切れとなる。前歌の三句「ふかみ草」と同じく草の名を詠む。
 四句「逢ふことのはの」の「ことのは」は、「逢ふ事」の「こと」に「言の葉」を掛け、「思ひ草」の縁で「葉」を響かせる。第六百六十首の三句「言の葉も」と同じ語を含む。
 結句「などなかるらん」の「など」は疑問の副詞、「らん」は原因推量の助動詞「らむ」で、どうしてないのだろう、の意である。

おもひぐさ:野に生える草の名。恋の思いを託す
しげさ:草木の繁る度合い
ことのは:逢ふ事の事に、言の葉と草の葉を掛ける
作者
津守国光
出典
千載和歌集
前の歌
人知れず思ふ心はふかみ草 花咲きてこそ色に出でけれ
次の歌
落つれども軒に知られぬ玉水は 恋のながめの雫なりけり