落つれども軒に知られぬ玉水は
恋のながめの雫なりけり
- 歌の意味
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落ちているのに軒には知られない玉水は、恋の物思いに沈む長雨のような涙の雫であったのだ。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 686
詞書は前の歌に続き「題しらず」
落ちても軒には知られない玉水は、恋のながめの雫であった、と詠む。軒から滴る雨垂れを「玉水」というのに寄せ、軒とかかわりなく落ちる水、すなわち物思いにふけって流す涙を、「長雨」と「眺め」を掛けた「ながめ」の雫と見立てている。
作者の「大中臣清文」は伊勢神宮の祭主を務めた大中臣氏の人である。経歴の詳細は多く伝わらない。
本巻の第六百五十八首の「雨も涙もわかれざりけり」と同じく、雨と涙を重ねる趣向である。
初句「落つれども」の「落つれ」は「落つ」の已然形で、「ども」が付いて逆接となる。落ちるけれども、の意である。
二句「軒に知られぬ」は、軒には知られない、の意で、軒から落ちる雨垂れではないことをいう。
三句「玉水は」の「玉水」は美しい水の滴で、軒から落ちる雨垂れをいうことが多い。
四句「恋のながめの」の「ながめ」は、降り続く「長雨」と、物思いにふけって見る「眺め」を掛ける。
結句「雫なりけり」の「けり」は気づきの詠嘆で、雫であったのだ、の意である。第六百九十九首の結句「袖の雫を」と同じく、涙を「雫」と詠む。
たまみづ:美しい水の滴。軒から落ちる雨垂れ
ながめ:降り続く長雨と、物思いに沈む眺めを掛ける
しづく:したたり落ちる水
- 作者
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大中臣清文
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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日を経つつ繁さはまさる思ひ草 逢ふことのはのなどなかるらん
- 次の歌
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人知れず思ひそめてし心こそ 今は涙の色となりけれ