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いつしかと袖に時雨のそそくかな
思ひは冬の初めならねど

歌の意味
早くも袖に時雨が降り注ぐことだ。私の恋の思いは、時雨の降る冬の初めというわけではないのに。
鑑賞
巻第十一 恋歌一 692

詞書は前の歌に続き「題しらず」
 早くも袖に時雨が降り注ぐことだ、恋の思いは冬の初めというわけではないのに、と詠む。時雨は冬の初めに降るものとされたが、自分の思いはまだそのような季節ではないのに、袖には早くも涙の時雨が注ぐと詠み、恋の涙の激しさを表している。
 作者の「賀茂重延」は賀茂社の神官である。経歴の詳細は多く伝わらない。
 前の第六百九十首、第六百九十一首に続き、時雨に寄せて恋の涙を詠む。また本巻の第六百五十八首も、袖を濡らす雨と涙を重ねている。

 初句「いつしかと」は、早くも、の意である。
 二句「袖に時雨の」は、袖に時雨が、の意で、時雨は涙のたとえとなる。第六百九十首の二句「涙時雨と」と同じく涙を時雨に見立てる。
 三句「そそくかな」の「そそく」は降り注ぐ意、「かな」は詠嘆の終助詞で、ここで句切れとなる。
 四句「思ひは冬の」の「思ひ」は恋の思いである。
 結句「初めならねど」の「ね」は打消しの助動詞「ず」の已然形で、「ど」が付いて逆接となる。冬の初めではないけれど、の意で、時雨の季節である冬の初めを持ち出して、涙の早さを際立たせる。

しぐれ:秋の末から冬の初めにかけて降ったりやんだりする雨
そそく:降り注ぐ
作者
賀茂重延
出典
千載和歌集
前の歌
いかにせむしのぶの山の下紅葉 しぐるるままに色のまさるを
次の歌
あさましや抑ふる袖の下くくる 涙の末を人や見つらん