枯れ果つる小笹がふしを思ふにも
少なかりけるよよの数かな
- 歌の意味
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すっかり枯れてしまった小笹の節を思うにつけても、節と節の間が少ないように、共に過ごした夜々の数は少なかったことだ。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 821
詞書「鳥羽院の御時、蔵人所に侍りける時、女に代はりて詠める」
鳥羽天皇の御代、蔵人所に仕えていた時、女に代わって詠んだ歌である。枯れ果てた小笹の節を思うにつけても、少なかった夜々の数であることだ、と詠む。小笹の短い節と節の間に、共に臥した夜の少なさを重ね、「枯れ」に相手の心が「離(か)れ」てしまったことを響かせて、短く終わった恋を振り返る女の嘆きを表している。
作者の「藤原成親」は中納言藤原家成の子である。後白河院の近臣として権大納言に至ったが、鹿ケ谷の事件で配流され、配所で没した。
初句「枯れ果つる」は、すっかり枯れてしまった、の意で、「枯れ」に、相手の心が離れる意の「離(か)れ」を響かせる。
二句「小笹がふしを」の「小笹」は小さい笹、「ふし」は笹の「節」と、共寝の「臥し」とを掛ける。次歌の第八百二十二首も二句に「小笹が」を置く。
三句「思ふにも」は、思うにつけても、の意である。
四句「少なかりける」の「ける」は気づきの詠嘆の助動詞「けり」の連体形で、少なかったことだ、の意である。
結句「よよの数かな」の「よよ」は、節と節の間の意の「節(よ)」と、「夜々」とを掛ける。「かな」は詠嘆の終助詞である。
をざさ:小さい笹
ふし:笹の「節」に、共寝の「臥し」を掛ける
よよ:節と節の間の意の「節(よ)」に、「夜々」を掛ける
くらうどどころ:天皇の側近の事務を扱う役所
- 作者
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藤原成親
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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涙にや朽ち果てなまし唐衣 袖のひるまと頼めざりせば
- 次の歌
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分け来つる小笹が露のしげければ 逢ふ道にさへ濡るる袖かな