分け来つる小笹が露のしげければ
逢ふ道にさへ濡るる袖かな
- 歌の意味
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分け入ってきた小笹の露がびっしりと置いていたので、逢いに行く道でさえ、濡れてしまう袖であることだ。
- 鑑賞
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巻第十三 恋歌三 822
詞書「寄催馬楽恋といへる心を詠める」
「寄催馬楽恋」、すなわち催馬楽に寄せる恋という題で詠んだ歌である。分けてきた小笹の露が多いので、逢う道にさえ濡れる袖であることだ、と詠む。恋に泣いて濡れるはずの袖が、恋しい人に逢いにゆく喜びの道でさえ、小笹の露に濡れてしまうという趣向で、逢う前から袖を濡らさずにはいられない恋の身を表している。
作者の「藤原伊経」は藤原伊行の子である。世尊寺流の能書家として知られた。
前歌と二句に「小笹が」を共有し、前歌が枯れた小笹に終わった恋を詠むのに対し、本歌は露の置く小笹を分けて逢いにゆく恋を詠み、終わった恋とこれから逢う恋とが並んでいる。
初句「分け来つる」の「つる」は完了の助動詞「つ」の連体形で、草を分けてやってきた、の意である。
二句「小笹が露の」は、小笹に置く露が、の意である。前歌の第八百二十一首の二句「小笹がふしを」と「小笹が」を共有する。
三句「しげければ」の「しげし」は数多い、びっしりと置いている意で、「ば」は順接の確定条件である。露が多いので、の意である。
四句「逢ふ道にさへ」の「さへ」は添加の副助詞で、恋に泣く時だけでなく、逢いにゆく道でさえ、の意である。
結句「濡るる袖かな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、濡れる袖であることだ、の意である。
をざさ:小さい笹
さいばら:古代の歌謡を雅楽の曲調に合わせて歌うもの
- 作者
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藤原伊経
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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枯れ果つる小笹がふしを思ふにも 少なかりけるよよの数かな
- 次の歌
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おきてゆく涙のかかる草枕 露しげしとや人のあやめん