葦の屋のかりそめぶしは津の国の
ながらへゆけど忘れざりけり
- 歌の意味
-
葦葺きの家でのかりそめの一夜の共寝は、津の国の長柄ではないが、生き長らえていっても忘れることがないのだ。
- 鑑賞
-
巻第十四 恋歌四 874
詞書「題しらず」
葦葺きの家でのかりそめの共寝は、津の国の長柄ではないが、生き長らえても忘れられない、と詠む。難波を擁する津の国の葦にちなむ縁語を重ね、ほんのひと時の逢瀬であったにもかかわらず、長い年月を経ても忘れることができないと、一度の契りの記憶の深さを表している。
作者の「藤原為真」は平安時代後期の歌人である。経歴の詳しいことは明らかでない。
本巻の第八百八十一首も初句を「長らへて」とし、生き長らえることと恋の思いとを結びつけて詠んでいる。
初句「葦の屋の」の「葦の屋」は葦で屋根を葺いた粗末な家のことで、葦の名所である津の国にちなむ。
二句「かりそめぶしは」の「かりそめ」は、一時の、ほんのその場かぎりの意の「仮初」に、葦を「刈り」の意を掛ける。「ぶし」は「臥し」で共寝のことであり、葦の「節」の意を響かせる。「刈り」「節」はいずれも「葦」の縁語である。
三句「津の国の」の「津の国」は摂津国のことで、四句の「ながら」を導く。
四句「ながらへゆけど」の「ながら」は、津の国の地名「長柄」と、生き「長らへ」の意とを掛ける。「ど」は逆接の接続助詞で、生き長らえていっても、の意である。
結句「忘れざりけり」の「ざり」は打消の助動詞、「けり」は詠嘆で、忘れることがないのだ、の意である。二句の「かりそめ」と対比させ、一時の逢瀬を長く忘れられない思いを示して結ぶ。
かりそめ:一時の意の「仮初」に、葦を「刈り」の意を掛ける
ふし:共寝の意の「臥し」に、葦の「節」の意を掛ける
ながら:津の国の地名「長柄」と、生き「長らへ」の意とを掛ける
- 作者
-
藤原為真
- 出典
-
千載和歌集
- 前の歌
-
月待つと人には言ひてながむれば 慰めがたき夕暮の空
- 次の歌
-
知らざりき雲居のよそに見し月の 影を袂に宿すべしとは