- 歌の意味
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宿も昔のままの宿であり、花も昔のままに美しく咲いているけれども、主のいない花の色は寂しいことだ。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1054
詞書「僧都頼実みまかりて後、又の年の春、禅定院の花盛りなるを見て、詠み侍りける」
僧都頼実が亡くなった翌年の春、禅定院の花が盛りであるのを見て詠んだ歌である。宿も昔のままの宿で、花も昔のように咲き匂っているけれども、主のいない花の色は寂しいことだ、と詠む。頼実のゆかりの禅定院を訪れ、住まいも花も変わらないのに、それを愛でた主だけがいないことに、かえって深い寂しさを覚えている。
作者の「僧正尋範」は関白藤原師実の子である。興福寺の僧で、別当をつとめ、僧正に至った。
変わらない花と、いなくなった人とを対比する発想は、『古今和歌集』哀傷歌の紀貫之の「色も香も昔の濃さに匂へども植ゑけむ人の影ぞ恋しき」に通う。
初句「宿も宿」は、宿も昔のままの宿で、の意で、同じ語を重ねて変わらぬさまを強めている。
二句「花も昔に」は、花も昔のままに、の意で、初句と「も」を重ねて宿と花を並べている。
三句「匂へども」は、美しく咲き映えているけれども、の意で、逆接で下の句へ続く。
四句「主なき色は」の「主」は亡き頼実を指し、「色」は花の色である。本巻の第千七十二首が「花を主と」と花を庵の主とするのに対し、本歌は主を失った花を詠み、花と主の関わりをめぐって対照をなす。
結句「寂しかりけり」の「けり」は詠嘆で、改めて気づいた寂しさを表している。
みまかる:亡くなる
ぬし:持ち主、主人
そうづ:僧綱の一つで、僧正に次ぐ位
- 作者
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尋範
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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はかなさを恨みも果てじ桜花 憂き世は誰も心ならねば
- 次の歌
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いにしへに変はらざりけり山桜 花は我をばいかが見るらん