- 歌の意味
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山桜の花をこの庵の主と思わなかったならば、人の訪れを待つような柴の庵であろうか、いや、そうではない。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1072
詞書「依花待客といへる心を詠める」
「花によりて客を待つ」という題で詠んだ歌である。山桜の花を主と思わなかったならば、人を待つような柴の庵であろうか、と詠む。粗末な柴の庵に住む身では、訪れる人を待つことなど思いもよらない。けれども山桜が咲いていると、この花こそが庵の主であるように思われ、その花を見に来る客を待つ気持ちになると、花に寄せて客を待つ心を詠んでいる。
作者の「源定宗朝臣」は平安時代後期の歌人で、伝記の詳細は明らかでない。
本巻の第千五十四首が主を失った花の色の寂しさを詠むのに対し、本歌は花を庵の主と見立てており、花と主の関わりをめぐって対照をなしている。
初句「山桜」は、山に咲く桜である。本巻の第千五十五首の三句「山桜」と同じ語である。
二句「花を主と」は、花をこの庵の主人と、の意である。本巻の第千五十四首の四句「主なき色は」と「主」を共有する。
三句「思はずは」の「ずは」は打消の仮定で、もし思わなかったならば、の意である。本巻の第千六十九首と同じく三句に「思はずは」を置き、仮定から反語へと続けている。
四句「人を待つべき」は、人の訪れを待つはずの、の意である。
結句「柴の庵かは」の「かは」は反語の係助詞で、柴の庵であろうか、いやそうではない、の意である。
しばのいほ:柴で屋根を葺いた粗末な住まい
あるじ:主人
- 作者
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源定宗
- 出典
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千載和歌集
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古りにけり昔を知らば桜花 ちりの末をもあはれとは見よ
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いづくにて風をも世をも恨みまし 吉野の奥も花は散るなり