いづくにて風をも世をも恨みまし
吉野の奥も花は散るなり
- 歌の意味
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いったいどこで、花を散らす風をも、つらい世をも恨んだらよいのだろうか。世を逃れる吉野の山奥でさえ、花は散るのだという。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1073
詞書「円位法師が勧め侍りける百首歌の中に、花の歌とて詠める」
円位法師(西行)が勧めて詠ませた百首歌の中で、花の歌として詠んだ歌である。どこで風をも世をも恨めばよいのだろうか、吉野の奥でも花は散るという、と詠む。つらい世を逃れて山奥に入れば、世を恨むこともなくなるかと思われる。しかし花の名所であり隠棲の地でもある吉野の奥でさえ、風に花は散るのだから、どこへ行っても恨みから逃れることはできないと、世を逃れることの難しさを花の散ることに託して詠んでいる。西行が勧めたこの百首は、文治二年(1186)の『二見浦百首』として知られる。
作者の「藤原定家」は藤原俊成の子である。のちに『新古今和歌集』の撰者の一人となり、『新勅撰和歌集』を撰んだ。
本巻の第千百五十一首が、世を逃れて思い入る山の奥にも鹿が鳴いていると詠むのと、山の奥にも憂き世の嘆きから逃れる場所はないとする点で通う。
初句「いづくにて」は、どこで、の意で、三句の「まし」と呼応する。
二句「風をも世をも」は、花を散らす風をも、つらい世の中をも、の意で、「も」を重ねて二つのものを並べている。
三句「恨みまし」の「まし」は、疑問の語とともに用いて、ためらいの意を表す助動詞で、恨んだらよいだろうか、の意である。ここで句切れとなる。
四句「吉野の奥も」は、花の名所であり世を逃れる隠棲の地でもある吉野の山奥でも、の意である。本巻の第千百五十一首の四句「山の奥にも」と、山の奥を共有する。
結句「花は散るなり」の「なり」は終止形に付く伝聞推定の助動詞で、花は散るのだという、の意である。
よしの:大和国の山地で、桜の名所、また隠棲の地とされた
すすむ:勧めて行わせる
- 作者
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藤原定家
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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山桜花を主と思はずは 人を待つべき柴の庵かは
- 次の歌
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深く思ふことし叶はば来む世にも 花見る身とやならんとすらん