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いかにせむ伊勢の浜荻みがくれて
思はぬ磯の波に朽ちなば

歌の意味
どうしたらよいだろう。伊勢の浜荻が水に隠れて、思いもかけない磯の波に朽ちてしまうように、望まぬ遠国に身を隠して朽ち果ててしまったならば。
鑑賞
巻第十七 雑歌中 1089

詞書「司召しに伊勢になりけるを、辞し申しける時、大僧正行尊がもとに遣はしける」
 司召しで伊勢の国司に任じられたのを辞退した時、大僧正行尊のもとに贈った歌である。どうしたらよいだろう、伊勢の浜荻が水に隠れて、思いもかけない磯の波に朽ちてしまったならば、と詠む。望まぬ遠国の任地に下れば、都から遠く隠れて、浜辺の荻が波に朽ちるように我が身も埋もれ果ててしまうだろうと恐れ、任官を辞退する心情を伊勢の歌枕に託して訴えている。
 作者の「源俊重」は源俊頼の子で、俊恵の兄弟にあたる。行尊は源基平の子で、修験の僧として知られ、歌人でもあった。
 次歌の第千九十首は作者の父である源俊頼の歌で、父子の歌が並べられている。また本巻の第千六十三首と同じく、官職の任命をめぐる嘆きを詠んでいる。

 初句「いかにせむ」は、どうしたらよいだろう、の意である。ここで句切れとなる。
 二句「伊勢の浜荻」は、伊勢の浜辺に生える荻で、伊勢の歌枕として詠まれる。任じられた伊勢の国を指し、我が身をたとえている。
 三句「みがくれて」の「み」は「水」と「身」を掛ける掛詞で、浜荻が水に隠れることと、我が身が都から隠れることを重ねている。
 四句「思はぬ磯の」は、思いもかけない磯の、の意で、望まない任地をたとえる。
 結句「波に朽ちなば」の「な」は完了の助動詞「ぬ」の未然形で、「ば」とともに、波に朽ちてしまったならば、と仮定を表す。初句の嘆きに返る形で結んでいる。

はまをぎ:浜辺に生える荻、伊勢では葦をいうとされる
みがくる:「水隠る」と「身隠る」を掛ける
つかさめし:官職を任命する儀式、除目
作者
源俊重
出典
千載和歌集
前の歌
今はただ生けらぬ物に身をなして 生まれぬ後の世にも経るかな
次の歌
真木の戸を深山おろしに叩かれて 訪ふにつけても濡るる袖かな