をやま国の庵に焚く火のありなしに
立つ煙もや雲となるらん
- 歌の意味
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をやま国の庵で焚く火の、あるかないかのかすかな火から立つ煙も、空に昇って雲となるのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1091
詞書「山田の庵に煙の立ちけるを見て詠める」
山の田の番をする庵から煙が立っているのを見て詠んだ歌である。庵で焚く火のあるかないかのかすかな火から立つ煙も、雲となるのだろうか、と詠む。山あいの粗末な庵で焚く火はかすかなものであるが、そこから立ちのぼる煙も空に昇れば雲となるのだろうかと、かすかなものの行方を思いやっている。人目にもつかない身の行く末に思いを重ねているとも読める。
作者の「橘盛長」は平安時代後期の歌人で、伝記の詳細は明らかでない。
次歌の第千九十二首と「立つ煙」を共有し、ともに山の庵から立つ煙を詠む。なお本文の初句は「をやま国の」とあり、読み仮名の行の「をやまたの」と一致しない。詞書の「山田の庵」と照らすと読み仮名の行の方が歌意に通うが、ここでは本文の表記に従う。
初句「をやま国の」は、本文の表記による句で、山あいの地を言うものである。六音の字余りである。
二句「庵に焚く火の」は、庵で焚く火の、の意である。
三句「ありなしに」は、あるかないかのかすかなさまで、の意である。
四句「立つ煙もや」の「や」は疑問の係助詞で、結句の「らん」で結ぶ。次歌の第千九十二首の三句「立つ煙」と同じ語である。
結句「雲となるらん」の「らん」は現在推量の助動詞で、雲となるのだろうか、の意である。
いほ:草木で作った粗末な仮小屋
ありなし:あるかないか、かすかなさま
- 作者
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橘盛長
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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真木の戸を深山おろしに叩かれて 訪ふにつけても濡るる袖かな
- 次の歌
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山里の柴をりをりに立つ煙 人まれなりと空に知るかな