今はとてかきなすことの果ての緒に
心細くもなりまさるかな
- 歌の意味
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これが最後と、出家しようとする人がかき鳴らす琴の、最後の弦の音に、俗世の事の果てを思って、ますます心細くなっていくことだ。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1142
詞書「様変へんと思ひ立つ人、もの哀れなる夕暮れに、筝の琴弾くを聞きて詠める」
出家しようと思い立った人が、しみじみと物悲しい夕暮れに箏の琴を弾くのを聞いて詠んだ歌である。今はこれまでとかき鳴らす琴の果ての緒に、心細さがいっそうつのる、と詠む。出家を前にした人が、俗世での名残にと琴を弾いている。その最後の弦の音を聞くにつけても、この人の俗世の事もこれで終わるのだと思われ、聞く者の心も細っていくと、別れの哀しみを琴の音に託している。
作者の「二条太皇大后宮式部」は二条太皇太后宮に仕えた女房で、伝記の詳細は明らかでない。
本巻の第千五十八首と初句「今はとて」を共有し、ともに世を捨てる決意を言い表す。なお本文の三句は「果ての緒に」とあり、読み仮名の行の「はてのをの」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。
初句「今はとて」は、もうこれまでと思って、の意で、出家を前にした人の心を言う。本巻の第千五十八首と同じ初句である。
二句「かきなすことの」の「こと」は「琴」と「事」を掛ける掛詞で、かき鳴らす琴の意と、俗世の事の意を重ねている。
三句「果ての緒に」は、琴の最後の弦に、の意で、二句の「事」と合わせて、俗世の事の果ての意を響かせている。
四句「心細くも」は、心細く、の意で、「細し」は琴の緒の縁語である。
結句「なりまさるかな」は、ますますそうなっていくことだ、の意で、「かな」は詠嘆の終助詞である。
さまかふ:姿を変える、出家する
かきなす:琴などをかき鳴らす
こと:「琴」と「事」を掛ける
を:琴の弦
しやうのこと:十三弦の琴、箏
- 作者
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二条太皇太后宮式部
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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先立つを見るはなほこそ悲しけれ おくれ果つべきこの世ならねど
- 次の歌
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大井川戸無瀬の滝に身を投げて はやくと人に言はせてしかな