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笛竹のこちくと何に思ひけん
隣におとはせしにぞありける

歌の意味
笛竹の胡竹ではないが、こちらへ来るのだと、どうして思ったのだろう。笛の音は、実は隣でさせていたのであった。
鑑賞
巻第十八 雑歌下 1196

詞書「賀茂社に籠りて侍りけるに、政平常に詣で来て、歌詠み、笛吹きなどして遊びけり、傍らなる局に籠りたる人をも知りて、そなたへもまかりなどしけるが、その人出でて後久しく詣で来ざりければ、遣はしける」
 作者が賀茂社に籠っていたところ、賀茂政平がいつもやって来て、歌を詠み笛を吹くなどして遊んでいた。政平は隣の局に籠っていた人とも知り合って、そちらへも行ったりしていたが、その人が退出した後は長くやって来なくなったので、政平に送った歌である。胡竹のようにこちらへ来ると何で思ったのだろう、隣で音を立てていたのだった、と詠む。笛の「胡竹」に「此方来」を掛け、政平が自分のもとへ来ていると思っていたのは思い違いで、実は隣の人を訪れていたのだと、笛にちなんで皮肉った戯れの歌である。
 作者の「心覚法師」は平安時代後期の僧で、伝記の詳細は明らかでない。
 誹諧歌の一連の十七首目である。詞書に見える政平は、本巻の第千百八十九首の作者の賀茂政平である。

 初句「笛竹の」は笛の竹で、二句の「胡竹」を導いている。本巻の第千百九十一首の初句「笛竹の」と同じ句で、ともに笛竹にちなむ掛詞を用いている。
 二句「こちくと何に」の「こちく」は、笛に用いる竹の「胡竹」と、こちらへ来る意の「此方来」とを掛けている。
 三句「思ひけん」の「けん」は過去推量の助動詞で、どうして思ったのだろう、の意である。ここで句切れとなる。
 四句「隣におとは」の「おと」は、笛の音の意と、人の訪れの意とを掛けている。
 結句「せしにぞありける」の「ぞ」は強意の係助詞で、連体形の「ける」で結ぶ。隣で音を立てていたのだったよ、の意で、政平が実は隣の人のもとを訪れていたことを言う。

こちく:笛に用いる竹の「胡竹」と、こちらへ来る意の「此方来」とを掛ける
おと:笛の音の意と、人の訪れの意とを掛ける
つぼね:宮中や寺社などで仕切りをした部屋
作者
心覚
出典
千載和歌集
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恐ろしや木曽の懸路の丸木橋 ふみ見るたびに落ちぬべきかな
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