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恐ろしや木曽の懸路の丸木橋
ふみ見るたびに落ちぬべきかな

歌の意味
恐ろしいことだ。木曽の懸け路の丸木橋は、踏んでみるたびに落ちてしまいそうだ。あなたの文を見るたびに、わたしも恋に落ちてしまいそうだ。
鑑賞
巻第十八 雑歌下 1195

詞書「山寺に籠りて侍りける時、心ある文を女のしばしば遣はし侍りければ、詠みて遣はしける」
 山寺に籠っていた折、思いを込めた手紙を女がたびたび寄こしたので、詠んで送った歌である。恐ろしいことだ、木曽の懸け路の丸木橋は踏んでみるたびに落ちそうだ、と詠む。「ふみ」に、橋を「踏み」と手紙の「文」とを掛け、女の文を見るたびに、修行の身でありながら恋の道に落ちてしまいそうだと、危うい丸木橋にたとえて戯れている。
 作者の「空人法師」は平安時代後期の僧で、伝記の詳細は明らかでない。
 誹諧歌の一連の十六首目である。

 初句「恐ろしや」の「や」は詠嘆の間投助詞で、ここで句切れとなる。
 二句「木曽の懸路の」の「木曽」は信濃国の地名で、険しい山道で知られる。「懸路」は崖に沿って板などを架け渡した道である。
 三句「丸木橋」は丸太を渡しただけの橋で、危うく渡りにくいものとして詠まれる。
 四句「ふみ見るたびに」の「ふみ」は、橋を踏む意の「踏み」と、手紙の「文」とを掛けている。前歌の第千百九十四首の四句「ふみおこせよと」と「ふみ」を共有し、ともに踏むと文とを掛けて、僧と女性との間の文を詠んでいる。
 結句「落ちぬべきかな」の「落ち」は、橋から落ちる意に、恋に落ちる、戒を破って堕ちる意を重ねている。「ぬべき」は、きっと…しそうだ、の意で、「かな」は詠嘆の終助詞である。

かけぢ:崖に沿って板などを架け渡した険しい道
ふみ:踏む意の「踏み」と、手紙の「文」とを掛ける
おつ:橋から落ちる意と、恋や破戒に堕ちる意とを重ねる
作者
空人
出典
千載和歌集
前の歌
人の足をつむにて知りぬわが方へ ふみおこせよと思ふなるべし
次の歌
笛竹のこちくと何に思ひけん 隣におとはせしにぞありける