うれしくぞ名を保つだにあだならぬ
御法の花にみを結びける
- 歌の意味
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うれしいことに、その名を保つだけでもむなしくはない法華経という花に、わが身を結び、実を結んだことだ。
- 鑑賞
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巻第十九 釈教歌 1214
詞書「陀羅尼品の受持法華名者福不可量、何況擁護具足受持といふわたりを誦して、持経者の結縁頼もしくや侍りけん、詠み侍りける」
陀羅尼品の、法華経の名を受け持つ者の福さえ量り知れない、まして経をすべて受け持つ者を守護することはいうまでもない、という箇所を読誦して、経を持つ者の仏縁が頼もしく思われたのだろうか、詠んだ歌である。うれしいことに、名を保つだけでもむなしくない御法の花に身を結んだ、と詠む。法華経をその名の蓮華にちなんで花にたとえ、経を持つ身となったことを、花が実を結ぶことに重ねて喜んでいる。
作者の「前大僧正快修」は平安時代後期の天台宗の僧で、天台座主を務め、大僧正に至った。
初句「うれしくぞ」の「ぞ」は強意の係助詞で、結句の連体形「ける」で結ぶ。
二句「名を保つだに」は、経の名を受け持つだけでも、の意で、「だに」は軽いものを挙げて重いものを類推させる副助詞である。詞書の「受持法華名者」を受けている。
三句「あだならぬ」は、むなしくない、無駄にならない、の意である。
四句「御法の花に」の「御法」は仏法で、ここでは法華経を言い、その名の蓮華にちなんで花にたとえている。
結句「みを結びける」の「み」は、わが「身」と、花が結ぶ「実」とを掛けており、「花」「実」「結ぶ」は縁語である。「ける」は詠嘆の助動詞「けり」の連体形で、係り結びの結びとなる。
み:わが身の「身」と、花が結ぶ「実」とを掛ける
みのり:仏法、ここでは法華経
ぢきやうじや:経を受け持ち読誦する人
- 作者
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快修
- 出典
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千載和歌集
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千歳まで結びし水も露ばかり わが身のためと思ひやはせし
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わび人の心のうちをよそながら 知るや悟りの光なるらん