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思ひとく心ひとつになりぬれば
氷も水も隔てざりけり

歌の意味
悟りを得て、心がひとつに解け合ってしまえば、氷も水も隔てがないことであった。
鑑賞
巻第十九 釈教歌 1237

詞書「煩悩即菩提の心を詠める」
 煩悩即菩提の心を詠んだ歌である。思い解く心がひとつになれば、氷も水も隔てがない、と詠む。煩悩即菩提は、迷いの煩悩もそのまま悟りであるという教えで、氷と水が姿は違ってももとは同じものであるように、煩悩と悟りも別のものではないと、氷が解けて水になるたとえで詠んでいる。
 作者の「式子内親王家中将」は後白河天皇の皇女式子内親王に仕えた女房で、伝記の詳細は明らかでない。
 本巻の第千二百十八首が心を水にたとえて月を映す趣向を詠んだのに対し、本歌は心のあり方を氷と水にたとえている。

 初句「思ひとく」の「とく」は、悟って理解する意の「解く」と、氷が解ける意とを掛けている。
 二句「心ひとつに」は、心がひとつに、の意で、迷いと悟りの区別がなくなることを言う。
 三句「なりぬれば」の「ぬれ」は完了の助動詞「ぬ」の已然形で、なってしまえば、の意である。
 四句「氷も水も」の「氷」は煩悩を、「水」は悟りをたとえ、初句の「とく」の縁語となっている。
 結句「隔てざりけり」の「ざり」は打消の助動詞「ず」の連用形、「けり」は気づきを表す詠嘆の助動詞で、隔てはなかったのだ、の意である。

とく:悟って理解する意と、氷が解ける意とを掛ける
ぼんなうそくぼだい:煩悩がそのまま悟りであるという教え
作者
式子内親王家中将
出典
千載和歌集
前の歌
暁を高野の山に待つほどや 苔の下にも有明の月
次の歌
頼もしき誓ひは春にあらねども 枯れにし枝も花ぞ咲きける