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朽ち果てて危ふく見えしをばただの
板田の橋も今渡すなり

歌の意味
朽ち果てて危うく見えていた小墾田の板田の橋も、今は架け渡しているのである。
鑑賞
巻第十九 釈教歌 1243

詞書「勘持品を詠める」
 法華経勧持品を詠んだ歌である。詞書の「勘持品」は勧持品のことである。勧持品では、菩薩たちが、仏の滅後の悪い世にも、あらゆる迫害に耐えて法華経を広めると誓う。朽ち果てて危うく見えた小墾田の板田の橋も、今渡している、と詠む。仏法の衰えた末の世を朽ちかけた橋に、経を広める誓いを、橋を架け直して人々を向こう岸へ渡すことにたとえている。
 作者の「法橋泰覚」は平安時代後期の僧で、法橋の位にあった。伝記の詳細は明らかでない。
 法華経の品を順に詠んだ一連の五首目で、次歌の第千二百四十四首も勧持品を詠む。

 初句「朽ち果てて」は、すっかり朽ちて、の意で、仏法の衰えた末の世をたとえている。本巻の第千二百三十三首の初句「朽ち果つる」と言葉を共有している。
 二句「危ふく見えし」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、危うく見えていた、の意である。
 三句「をばただの」は大和国の地名の小墾田で、四句の「板田の橋」へと続く。
 四句「板田の橋も」の「板田の橋」は小墾田にあった橋で、古くから朽ちかけた橋として歌に詠まれた歌枕である。
 結句「今渡すなり」の「渡す」は、橋を架け渡す意に、衆生を悟りの岸へ渡す意を重ねている。「なり」は断定の助動詞である。

をばただ:大和国の地名、小墾田
いただのはし:小墾田にあった橋、朽ちかけた橋として詠まれる歌枕
くわんぢほん:法華経の一品、仏の滅後に迫害に耐えて経を広める誓いを説く
作者
泰覚
出典
千載和歌集
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谷水を結べば映る影のみや 千歳を送る友となりけん
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