待ち出でていかにうれしく思ほえん
二十日余りの山の端の月
- 歌の意味
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待ちに待ってようやく出会えたなら、どれほどうれしく思われることだろう。二十日過ぎの夜更けに、山の端から出る月を。
- 鑑賞
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巻第十九 釈教歌 1247
詞書「満三七日已、乗六牙白象の心を詠める」
勧発品の、三七日を満たし終えた時、六本の牙を持つ白象に乗って現れる、という句の心を詠んだ歌である。勧発品には、法華経を修める者が三七日、すなわち二十一日の間一心に精進すれば、普賢菩薩が六牙の白象に乗って現れると説かれる。待ち出でてどれほどうれしく思われるだろう、二十日余りの山の端の月を、と詠む。二十一日の満願に現れる普賢菩薩を、二十日余りの夜遅く山の端に出る月にたとえ、ようやく待ち得た喜びを詠んでいる。
作者の「中原有安」は平安時代後期の楽人で、琵琶の名手として知られた。鴨長明の音楽の師にあたる。
前歌の第千二百四十六首に続いて勧発品を詠んだ歌で、法華経の品を順に詠んだ一連の結びとなる。
初句「待ち出でて」は、待っていて出会う、の意で、普賢菩薩の出現を待つことを言う。
二句「いかにうれしく」は、どれほどうれしく、の意である。
三句「思ほえん」の「思ほゆ」は自然に思われる意で、「ん」は推量の助動詞「む」の連体形である。ここで句切れとなる。
四句「二十日余りの」は陰暦二十日過ぎの意で、経文の「三七日」すなわち二十一日に応じている。
結句「山の端の月」は山の稜線から出る月で、普賢菩薩の出現をたとえている。二十日過ぎの月は夜更けてから出るので、待ちわびた末に現れることを表している。体言止めとなっている。
おもほゆ:自然に思われる
ろくげのびやくざう:六本の牙を持つ白い象、普賢菩薩の乗り物
さんしちにち:二十一日
- 作者
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中原有安
- 出典
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千載和歌集
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さらにまた花ぞ降りしく鷲の山 法の筵の暮れ方の空
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朝まだき御法の庭に降る雪は 空より花の散るかとぞ見る