- 歌の意味
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さらにまた、花が降りしきる霊鷲山よ。説法の座が終わろうとする、夕暮れ方の空に。
- 鑑賞
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巻第十九 釈教歌 1246
詞書「勧発品の心を詠み侍りける」
法華経最後の品である普賢菩薩勧発品の心を詠んだ歌である。勧発品では、普賢菩薩が東方から来る時、宝の蓮華が降り注いだと説かれる。さらにまた花が降りしきる鷲の山、法の筵の暮れ方の空に、と詠む。序品で説法の始まりに花が降ったのに応じて、法華経の説法が終わろうとする時にもまた花が降ることを、一日の終わりの夕暮れの空に重ね、荘厳な情景として描いている。体言止めを重ねた、余情豊かな歌である。
作者の「皇太后宮大夫俊成」は藤原俊成である。権中納言藤原俊忠の子で、皇太后宮大夫に至り、のちに出家した。本集『千載和歌集』の撰者で、藤原定家の父にあたる。
法華経の品を順に詠んだ一連の八首目である。一連の一首目の第千二百三十九首が序品の降る花を詠んだのに対し、本歌は勧発品で再び降る花を詠み、初句の「さらにまた」がその呼応を示している。
初句「さらにまた」は、ふたたびまた、の意で、序品で説法の始まりに花が降ったことを受けている。
二句「花ぞ降りしく」の「降りしく」は、しきりに降る、の意である。「ぞ」は強意の係助詞で、連体形の「降りしく」で結ぶ。本巻の第千二百三十九首の四句「散るがうれしき」の花を受けている。
三句「鷲の山」は霊鷲山で、法華経の説かれた山である。ここで句切れとなる。本巻の第千二百三十一首の初句「鷲の山」と同じ語である。
四句「法の筵の」の「法の筵」は説法の座、法会の場の意である。
結句「暮れ方の空」は夕暮れの空で、法華経の説法の終わりを一日の終わりに重ねている。体言止めとなっている。
ふりしく:しきりに降る
のりのむしろ:説法の座、法会の場
くわんぼつほん:法華経普賢菩薩勧発品、法華経の最後の品
- 作者
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藤原俊成
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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日の光月の影とぞ照らしける 暗き心の闇晴れよとて
- 次の歌
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待ち出でていかにうれしく思ほえん 二十日余りの山の端の月